Movable Typeのアップグレードにともなって
ぼんくらしていたら、過去ログを消してしまいました。
手作業で入れていけば戻すことも可能ですが、
過去ログも読み返すと鬱陶しいので消したままにします。
2008年10月アーカイブ
---この話におけるトム・ヨークとは---
孤高のロックミュージシャン。人が良い。実在の人物・団体とは無関係。---
昭和四十二年、カラーテレビが普及しかけていた日本国で、新しい特撮ヒーロー番組が始まった。それはトム型のロボットが勇気ある少年に操縦され、宇宙から来た悪の怪獣を倒す話である。ロボットを作った科学者・未来田(みきた)博士の息子、ジュンペイ少年がリモコンでロボットに指令を出すのだ。命令はジュンペイ少年のエレキギター弾き語りによって成された。ジュンペイ少年がAメジャーのコードを押さえながら『右に飛べトム!』と叫ぶと、その音声はマイクからアンプを通り、空中にスピーカーが出現し、トムロボットは右に曲がった。マイナーコードだったらほんの少しだけ右である。
頑張れジュンペイ少年。頑張れトムロボット。
この番組は繰り返し全世界で再放送され、子供たちを熱狂させるであろう。
昭和四十二年(1967年)ってトム生まれてないんじゃないのとか、そういう、くだらないことを訊くな。どうせ出鱈目なんだから。トムは元は単なる人間でせいぜいカリスマというぐらいだったが、植民惑星で二万三〇〇〇年暮らすうちに時空を超越し始めたタイムロードである。
しかし横柄ではなく謙虚な人柄だったのでみんなに愛された。
映像プロダクションの着ぐるみ製造スタッフがトムのところに来て着ぐるみにさせてください。と頼んだ。トムは型を取られるのだろうかと思ったが、まあ子供たちの楽しみのためにそれくらい我慢しようと思った。この番組はトムが子供のころにBBCで再放送され、人間だったころのトムも見た。
映像プロダクションのスタッフは言った。「予算が不足です。予算はみんな怪獣と爆破されるジオラマにつぎこみました。みんな正義のロボットなんかより怪獣とか町の破壊とかが見たいんです」
なので彼らは、トムの背をあたかも着ぐるみのチャックがあるように縦にまっすぐに、良く切れる包丁ですっと切って、それからトムの外皮をくるりと剥こうとした。「ちょっと待ってください」トムはスタッフに提案した。
「僕がそのまま出演してトムロボットを演じるのでは駄目ですか」
「あなたではアクションがいただけませんな」
スタッフはトムの外皮を持っていって、着ぐるみ役者さんに着せた。
番組はトムの知らないところで始まった。未来田ジュンペイ少年はelectric guitarでトムロボットに命令して異端巡察士怪獣ホーヤンとかと戦った。トムロボットは頭に内蔵されたラジオ電波が主要な武器だった。トムロボットは異端巡察士怪獣ホーヤンの巨大な三角帽子を、巨大な三角帽子に書かれた巨大一つ眼に電波波動砲を浴びせた。ホーヤンは宇宙中の異端音楽を排斥するために地球に来たのである。異端音楽とはすなわちロックである。そのころ、ビートルズやストーンズが地球では流行っていた。ホーヤンはすべてのロック音楽に「星一つ」★とかつけて評価していった。★が五つあれば満点だが、★一つはくだらないゴミ音楽だから死んでしまえということだった。グスタフ・マーラーが★★☆で地球で最高評価だった。演奏していた楽団員は下手くそだったから異次元強制収容所に送られた。ベートーベンは★☆だったので死から蘇らされて永遠に太陽系を回らされながら第九を歌わざるを得なかった。何でこんな目に遭うのだろうとベートーベンは思った。
メキシコではマリアッチ狩りが行われた。演歌歌手大量殺戮も起きた。ジャニス・ジョプリンとかジミ・ヘンドリックスとか、ブライアン・ジョーンズといった、"J"がつくロックスターが二十七歳で死んだという伝説は、実は、この異端巡察士怪獣ホーヤンが評価を下して異次元強制収容所に追い込んだ事実を後世のファンたちが誤認したものである。ジャニスもジミヘンもマーク・ボランも実は今でも異次元強制収容所で元気にやっている。そこはある意味でパラダイスではあった。駄目ミュージシャンの烙印を押された者たちがいっせいに合唱していた。ドラッグは溢れるほどあったし、みんなでインプロビゼーションのセッションも出来た。困ったことは聴衆がいないのである。彼らは交互にお互いの演奏を聴いて切磋琢磨した。が、やがて「おまえは才能がない」と罵り合い、一番ぼうっとしていたシド・ヴィシャスが真っ先に袋だたきにあった。
最終回の第42話で、科学者の未来田(みきた)博士が作ったトムロボットはロボットではなく幻覚剤であったことが判明するのだが、異端巡察士怪獣ホーヤンの回はまだ1クールすなわち13回終わっていない最中の回である。
「頑張れトムロボット!」
未来田ジュンペイ少年がギターを弾いてトムロボットに命じている。トムロボットは勝手に頑張って、しかし巨大ロボットなのでのろのろとした動きで、異端巡察士怪獣ホーヤンを羽交い締めにしていた。ホーヤンが三角帽子の一つ眼から評価光線を出し、世界各地の民族舞踏とか民俗音楽を評価していった。★一つ以上取れる民俗音楽はほとんどなかった。田植え歌は評価されるためにあるわけではなかろうが、田植え歌を歌っていた早乙女たちは異次元強制収容所に送り込まれ、黒く深い森の中にそびえ立つお城の大広間で踊り狂う盆踊りに返ってきた先祖たちもまた異次元強制収容所に送られた。
本物のトムはプレハブ小屋に畳を敷いた上にいた。炬燵に入り、緑茶をすすりながら新品のピカピカのカラーテレビを眺めていた。テレビの上には神棚があって、商売繁盛と書かれた札と招き猫が置かれている。のどかで静かな夕暮れだった。原っぱで遊んでいた子供たちは『行け! トムロボット』を見るためにみんな家に帰ったか、友達の家に上がり込んでテレビを見ている。
お母さんが夕飯の味噌汁のために、大根を切る音が聞こえる。
雑種の犬のナナちゃんが、縁側の外、物干し台に繋がれ、いつものように残飯の味噌汁ぶっかけごはんを食べていた。ナナちゃんは食べ終えて、きゅーんきゅーんと鳴いている。トムが食べたいのかな。犬と生まれたからには肉が食べたいじゃないか。お茶をすすると、外皮を剥がされたトムの唇から血や筋肉の欠片が湯飲みに附いた。
外皮を剥がされたトムは撮影所のゲートの外の溝に落ちていたのだが、
親切な中年男性が自分が経営している小さな会社の社屋......プレハブ小屋に連れてきて、炬燵に入れてくれたのである。炬燵の上には蜜柑と『サザエさん』と『意地悪ばあさん』の単行本があった。そして『意地悪ばあさん』を開こうとすると、こぼれた水飴でべっとりとページどうしが貼りついているのである。『丸出ダメ夫』もあった。せっかく日本にいるのだから村上春樹が読みたかったが、まだ彼はデビューしていない。三島由紀夫が剣道着で週刊誌のグラビアに出ている。ああこの人は三年後に切腹するのか。今から説得して止められないだろうか。とトムは考える。いやそれより、まだ1967年なら、人類に色々警告することが出来るではないか。これから人類を襲う環境汚染や争いや災害を警告し、止めることが自分がこの時代に送られた使命ではないだろうか。だがテレビに出ている自分型のトムロボットはそのへんの子供に命令され、存在しない怪獣と戦っているだけだ。トムはテレビを見ながら焦燥した。
「秘密兵器をだせ! トムロボット!」ジュンペイ少年がギターを弾きながら命令した。トムロボットは無表情に、ロボットのくせに無精髭を生やしている、歌を歌い、ホーヤンの三角帽子の真ん中についている一つ眼に浴びせたが眼は、歌をはじき返し、虹色に光る波動はトムロボットにそのまま返ってきた。テレビの中でトムロボットがよろけた。ジュンペイ少年のギターの弦が切れた。「負けるなトムロボット!」
炬燵の部屋に、トムを拾った中年男性が入ってきた。貧相な背広を着た小柄な日本人である。
「どうしてこんなに親切にしてくれるのですか」と、
トムは、拾ってくれた親切な山田さんに訊いた。
山田さんは、テレビの特撮ヒーロー番組『行け! トムロボット』のファンなのだと言った。「いいですねえ、子供っぽい願いですけれど、私もこんなロボットが一家に一台あればいいと思うんですよ。次の三種の神器は、自家用車、電気卓上計算機、ロボットですねえ」
トムは外皮を剥かれているので喋りづらいが、誠実に答えた。「しかし物を所有することが必ずしも豊かさにつながるわけではありません。豊かさにも種類があります。しばらくすると、新聞の投書欄には『私たちは、豊かさを求める余り、何か大切なことを忘れているのではないでしょうか』という投稿がひんぱんに載るようになります」
「『何か大切なこと』とはもちろんトムロボットのような便利で忠実な機械を誰もが買えることですよ! そう、それこそ豊かさですよ!」山田さんは満面に笑みをたたえて確信に満ちた声で言って、ぽんと手を打ち鳴らした。
この時代には、まだ日本ではスピリチュアルは全然流行っていないのだった。そんなものは科学と発展の人類の進歩と調和の未来に不必要なのだ。科学に音楽は必要だろうか? 宇宙旅行に音楽は必要だろうか? 食料生産に音楽が必要だろうか? 文化的生活に芸術文化はあったほうが格好がつくけれど、格好がつくだけじゃないか?
音楽は作業用BGMに軽快な行進曲かなんかが一曲あれば、それで充分じゃないか。
異端巡察士怪獣ホーヤンのやっていることは正しいのかも知れない。外皮を剥がれたトムは気弱だった。『人のためになるか』否かを基準にして考えている。電気炬燵の赤外線で太股の辺りの肉が溶け始めている。テレビはコマーシャルになった。楽しげに宣伝歌が流れる。
♪一家に一台トムートムロボーットーー
掃除機を持ったトムロボットが茶の間で子供や割烹着のお母さんと踊っている。山田さん本人がテレビに出てきて『「行け! トムロボット」は山田ロボット製作所の提供です』と言った。
テレビを見ながらトムは驚いて傍らの山田さんに訊いた。「このプレハブ小屋はロボット製作所だったのですか」
「いや、テレビのあれは特撮の着ぐるみです。あんなロボットっぽい動きは本物のトムには難しいでしょう。ナナちゃんおいで」
山田さんは犬のナナちゃんを呼んで、トムの右腕の肉をつまんで、むしり取って投げた。ナナちゃんは喜んで食べた。山田さんは言った。「私が作ったロボットは実はあのナナちゃんです。ナナちゃんは高機能なアンドロイド犬なんです」
「昭和四十二年にアンドロイドは無理じゃないですか」とトムは言った。「平成二十年にも」と言おうとしてトムは口ごもった。未来の元号をこの時代の人に教えてはいけない。「ええと二十一世紀の最初のころにもアンドロイドはいませんよ」
山田さんはトムの言葉を無視して続けた。「ナナちゃんは、口腔内に入った哺乳類の遺伝子をコピーして、胎児にまで育てて出産します。ナナちゃん自身もたくさんコピーさせましたからナナちゃんアンドロイドを近所の人たちに売って、そしてトム、あなたの肉をやってコピー胎児をナナちゃんの体内で育てさせましょう。私一人では、ナナちゃん一頭の世話で手一杯ですし、その上、トムロボットまで育てるのはまったく不可能ですからね」
どうして誰も僕を人間扱いしないのだろうとトムは思った。それはトムがカリスマミュージシャンで、それも異次元強制収容所の駄目ミュージシャン隔離所に送られないほど優れたミュージシャンだったからだ。慎ましい人は、自分が神の如く崇拝する人間を、自分と同種の人類だなどという思い上がった無礼なことは考えないものである。
山田さんの本領はセールスだ。アンドロイド犬ナナちゃんを訪問販売するのだ。近所の人々に、可愛い犬のナナちゃんを高額で売り、さらにナナちゃんの腹にトムを入れてトムを増やすのだった。飼い主には最初に生まれた仔トムロボットを自家用にする権利がある。それ以上生まれたら、仔トムは山田ロボット製作所が三万円で引き取る契約であった。そんな儲け方法のおまけもあり、何よりみんな可愛いナナちゃんと忠実なトムロボットが欲しかったので、ナナちゃんは高額にもかかわらずどんどん売れた。妊娠中のナナちゃんには、毎日ロック音楽を聴かせなければならない。だから山田さんは、トムの繁殖家たちに輸入レコードも売りつけた。ストロベリー・フィールズ・フォーエバーが延々と近所で流れていてすごく鬱陶しかった。トムは炬燵に入って蜜柑を食べながらどんどん電気炬燵の赤外線で溶けていった。年が暮れるころには炬燵布団にトムの染みだけが残った。
仔トムたちは『行け! トムロボット』の再放送を見ながら育つだろう。なんかそれらはロボットじゃないような気もするのだが。
2008/10/
