2007年6月アーカイブ
今日、関西ローカルの関西テレビの昼の番組で
「熱中さん」と名付けられた人々が登場していた。
オタクやマニアと呼ばれると、その偏愛の対象がある程度、
予測されるというか決められているように思われるんですが、
「オタク」はアニメ・コミック・ゲーム類に熱中する人を指す言葉として定義されているようだし、
マニアの対象になるモノは、
古書とか稀覯本とか酒とかレコードとか、何か了解可能な
自分は興味なくても、
興味のある人には
見たり読んだりすると奥が深かったりして
要するに延々と解読していく楽しみがあるモノなんだろうな、なんですが。
「熱中さん」には「解読の楽しみ」が少なくとも私や他の多くの人には
了解不能な感じで、だから番組では「熱中さん」とでも名付けなければならなかったのだろう。
ダム(川を堰き止めるダム)・マニアの人も登場しておられたが
ダム・マニアになる方がいらっしゃるのは了解可能な感じがする。スケールのでかい人工物は良いと思うか醜いと思うかその他色々考えたり感じたりするにしろ何しろ圧倒的な威力を持っている。とはいえ、ダムマニアの方がダムから読み取る魅力の強烈さは、私が巨大建造物を見て、ぼーっと、でかい凄い圧倒されるとインパクトを受ける時のその感情とは、また全然違う種類の感情/感覚/思考なのであろうか。『沈める滝』三島由紀夫もダムマニアの青年の話だった(違う)。
で、その次に「換気扇コレクター」の青年が出ておられた。素晴らしい。
ああ、テレビ見て良かった。
といいつつ思い出すのは、社長夫人の方にお会いした昔日、
何か集めているんですか と訊かれ
何も集めていません と答えると
何か集めればいいのに とにこやかにおっしゃったことだった。
軽いカルチャーショックを受けた。
何か集めるのが当然という文化が存在するのか?
いや、あの、私も本とかお菓子とかたくさん欲しいですけど。対象が普通だな。
換気扇に勝つのは難しい。
モグラの一匹が私の監視役に雇われました。
間諜モグ号は、毎日報告書をタイプしています。
忠モグ・モグ公(ペット予定)は、実はペットの振りをしたスパイでした。
全くうまく化けたものです。
私の心内をモグ公が想像して「私」の一人称で書いています。
私の書いた文ってエキセントリックってよく言われるの。
あーいきなりこう来たか。
『でも、キミのエキセントリックな個性がもっとも生かされるのは、小説ではなく教育関係者へのインタヴューによる耽美ドキュメンタリーだと思うな』馬鹿男がそんなことを言ったのでちょっとむかついてるの。馬鹿男に私の深遠なエキセントリシティーが理解できるわけないじゃん。
上記発言をした男性はやはり教育関係者へのインタヴューによる耽美ドキュメンタリーの
プロデューサーなんでしょうか。エキセントリシティーって言葉はあるんでしょうか。
(あるようですよeccentricity)
モグ公はクラーク・ノヴァ・タイプライターに向かってモグモグ言っています。
私にとって私以外の全人類はモグラ並みだって言うことをあいつらに思い知らせたいのよ。ああでも、モグラの國にいれば、いつか王子様がモグラ馬車でやってきて、私のナルシシズムを死ぬほど満足させるわ。
王子様はニック・ケイヴに少し似ているの。ちょっとイヤな王子だな。
モグウッド・バビロンのトップニュースになって、
王子様は新婚三日目で死んでしまいます。
ああそれは、豪華クルーザーの薔薇の花でいっぱいの船室で、彼は私の小説を朗読し、彼は私の甘美で戦慄すべき文章の数々を朗読しているうちにその内に潜む毒に取り憑かれて死んでしまうよ。そして私はモグラ刑務所に入れられる。
刑務所に引きずられていく私は、長いドレスを身に纏い、毅然としています。エリザベート・バートリが城の一室に監禁される瞬間もかくやという有様です。詰めかけた報道陣のフラッシュがバシバシ焚かれます。私は、伝説の謎めいた女として語り継がれるのでした。
ああでも城の外にはカフカがうろついているわ。
助けを求めましょう。
私は閉じ込められた塔の中で伸びた長く美しい髪を小窓から地上に垂らします。吊りじゃなくて釣りですわね。
私は、モグ公が打ち終わってタイプから飛び出した紙を拾っては読みます。
おほほ、釣れますか天守夫人
釣るなら私の自我とかですかね。
まあ、諸星大二郎先生の太公望みたいなことをおっしゃいますこと。『無面目・太公望伝』収録。
三千世界の烏を殺し焚書坑儒をしてみたい。
私がモグ公に「お座り」「待て」「お手」をさせたら、一度ペット化されたモグ公はパブロフのモグのようにお手をしました。
ぬへっぬへっと小狡く笑います。
私はモグ公の首輪を掴み、モグ公をガシガシ殴りました。動物虐待小説がやりたいって前から言ってたでしょう。手近にある武器になりそうなもの。鉛筆削り器とか、ホーローの灰皿とかで、モグ公の短い毛に覆われたモグっと堅い締まった肉を殴りつけるのが楽しくなってきて、やばい。
動物虐待小説は良くても、リアルで虐待してはいけない。
私は人道的にモグラと対話して問い質そうとします。
「ペットのモグラの振りをしているモグラよ」(モグ公のリポートの中でドレスを着ていたのが気に入ったので、嗜虐的な西洋貴婦人の心持ちになってみます)「汝の雇い主は誰ぞ」
ですが、モグ公はすっかりペットに戻り、散歩に行こうと言います。
さんぽにいくのめんどーだな。
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もちろんこれは、あまりに失礼ではあるが、
原作ウィリアム・バロウズ/監督デヴィッド・クローネンバーグの映画『裸のランチ』に霊感を受けて書きました。
映画版の、頭の中の迷路を歩くような感じがかなり好きだ。
