『蝉の声のシャワー』
巨大書店に行き本の量にクラクラする。
不老不死で、古今東西南北の書かれた/印刷された/その他の文字列をずーーっと読むことになったらどうしようとかあり得ないことを考えつつ
気を取り直して本を物色する。
小説の棚から、いい加減に一冊取り出して、ページを開いた。
「ナオくん、昔ね、自殺未遂したことがあるのよ」
台所でスイカを切りながら、おかあさんが言った。
「えっ……」
信じられない。じゃあ、今の、真っ黒に日焼けしたナオくんの笑顔のまぶしさはどうしてなんだろう、と里美は思った。この町に戻ってくるまでの二年間、アフリカを放浪したナオくんは、そこで何か素敵なものをみつけたのだろうか。ナオくんが羨ましかった。
縁側の外の林でセミがミーンミーンと鳴きだした。
セミの声のタペストリーは、ナオくんと里美を隔てる、透明なカーテンのようだった。
『蝉の声のシャワー』蝉採り出版社・刊より
里美って誰だよ。たまたま開いたページには上記のような文があった。
これは、あちこちで見かけた、何となく上記のような感じを受けた文の群れ、の印象を元に、ひどい部分を誇張して、わたしが書いたものであり特定のモデルはない。
で、すいませんもしかしたらこの本を最初から最後まで読んだら凄まじい傑作である可能性もなきにしもあらずではあるが、書架に戻した。『蝉の声のシャワー』の横の、別の本を取って開いてみたら、まったく同じ文章が出てきたのでわたしは驚いた。
「ナオくん、昔ね、自殺未遂したことがあるのよ」
台所でスイカを切りながら、おかあさんが言った。
「えっ……」
信じられない。じゃあ、今の、真っ黒に日焼けしたナオくんの笑顔のまぶしさはどうしてなんだろう、と里美は思った。この町に戻ってくるまでの二万年間、D県F村の農家の倉を装った亜空間に抑留され、洗脳されミイラにされ、死後アニメキャラにされ永遠に笑いの表情を取り続けなければならないナオ君と呼ばれている遠隔操作されているまつろわぬ魂の塊だった。
里美は羨ましいというか、何を思えばいいのか。(ナオくんの精子は二万年の間に干涸らびてしまった。里美と性交を前提にした交友は不可能)
縁側の外の林でセミが言った。
ナーオー君ーでーすー
せっかく巨大書店に来たので、凄く良い本がひっそりたくさん隠れているだろうと思って、里美は奥の書架に歩いて行った。
セミは鳴いてないよ。
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