『やおい臭い文芸書ガイド』

『やおい臭い文芸書ガイド』というような本があっても不思議ではないような気がしてきた。
しかし、そんな本で紹介されている作を読むような人は、ガイドブックが無くても勝手に探して読むか? 

わたしの場合、「そういうことが書かれた本」についての情報は、別に意識して探したわけではないが、
ボーイズラブという言葉もなかったころの、先人の同好のお姉様たちからなんとなく伝わってきた。
口コミ伝承はもうないのだろうか? それとも、それらの本は、最初に読んだ本が商業ボーイズラブだったりする若者には退屈なのだろうか。
試みに、わたしの覚えている限りの「それくさい本」を、紹介してみることにする。
わたしは記憶力が破壊されており、読んだ本の感想もうろ覚えである。未読の本も混じっている。良い紹介者ではないことをお断りしておく。

この辺はスタンダードだと思うがスタンダードって基準はもうないのか?

*森茉莉 『恋人たちの森』『枯葉の寝床』『日曜日には僕は行かない』全部こちらに収録恋人たちの森
 あまりにスタンダードだけれど敬意を表さないわけにはいかない。
 読点の打ち方に驚いた。知的にも精神的にも偉大な中年男性(フランス人との混血でギラン・ド・ラ・ロシュフコォとか言う名前だったりすることもあり)が、何となくふわふわした美青年を庇護する形の悲劇的な恋愛。葉巻と暖炉と武蔵野の森と、強烈に空間を作っています。数年前に再読したら萌えた。


*福永武彦 『草の花』
 学生時代友達が熱中していて、熱心に薦められたけれど、その当時わたしは幻想小説か海外翻訳小説ばかり読んでいて手を出す気がしなかった。以前のブログで、昔読んだ本を二十年経って再読すると、うーん、と思うことあり、と、不遜にも書いていたけれど、この前読んでみようとしたら、この作品は、
『わたしのほうが賞味させていただく期限切れ』だった。
枠物語になっていて、枠部分の語り手が結核サナトリウムで
不思議に肝の据わった少年-青年に出会い、彼の死後、彼の手記を読んでいく構成になっている。
青年の手記に入った途端に、わたしは気恥ずかしくなって読むのをやめてしまった。
格好いい/いささか格好良すぎる/な文章ではあったのですが、思春期の、死を前にした自己の怜悧でセンシティヴな分析が始まる予感がして、ずるずる中年になって怜悧な自己分析もせず、死もまだ目前ではない自分には覗いてはいけないような感じがした。恐らく、学生時代の友人が薦めてくれていたころ読んだら、夢中になったと思う。

*堀辰雄 『燃ゆる頬』『燃ゆる頬・聖家族』収録
 読んだの遙か昔なんですよ。ロマンティックでしたような。

*折口信夫(おりくち・しのぶ)『身毒丸』(しんとくまる)『死者の書・身毒丸』収録
 時代小説・歴史小説と聞くと敬遠していた。
猫山藩豆腐奉行山田元之助は、若輩ながら江戸に学び柳猫流免許皆伝の使い手となったが、一つ、奇妙な癖を持っていた。道場稽古を終えた後、同輩たちの誘いを慳貪に断り、夜を徹して、坐し続けるのである。別に書見をするわけでもない。単に猫踊りについて妄想するだけ
とかいう文(上の文は当然滅茶苦茶である)を見かけると、何かもっさりしているように感じていた。
 しかし、この作品は文も何もかも、もの凄く格好良いのである。さすらう芸能集団に属する身毒丸と、師匠の法師の濃厚な関係、そして彼らの行く青田や山の緑、身毒丸の流す血の色までが、鮮やかに見えてくるのだ。

*江戸川乱歩 『孤島の鬼』江戸川乱歩全集 第4巻 孤島の鬼
 本を読む習慣のない友人5人ほどに薦めて、全員が面白いと読みふけっていたので驚いた。猟奇・サスペンス・同性愛・奇怪な妄執・全部揃っていて語り口がおどろおどろしくて最後は切ない。こういう本があればもっと教えてくれと言われたが、わたしの知る限りないですよ。あったら誰か教えてください。

日本編:同性愛的なモチーフを書いた作家としては稲垣足穂が有名ですが、わたしにはこの方の作の良さがよくわからないのです。三島由紀夫は『仮面の告白』とかになるのかもしれないが、男女の話だが『憂国』のほうがエロい。漱石の『こころ』の先生とKが怪しいとかはまあどうでもいいです。
佐藤ラギ『人形(ギニョル)』に興味があるけれど未読。
狭い識見で、思い出しつつ書いているので、不備は多かろうと思います。

面倒になってきた。

*アンドレ・ジイド 『背徳者』
 アラビアが舞台。退廃と官能の逃避行先としてのアラビア。
*トーマス・マン 色々
*ヘルマン・ヘッセ 色々
*トルーマン・カポーティ『遠い声 遠い部屋』
*映画『テルレスの青春』とその原作はムジール(原作の方は途中で挫折)
 ギムナジウム。『トーマの心臓』などに影響を与えるきっかけになったのではないかと想像する。
*ルース・レンデルがバーバラ・ヴァイン名義で書いた中には男性同士の、例え同性愛行為を行っていても、ラブレスで悲惨な関係を冷たく書いたものがある。
『長い夜の果てに』 『哀しきギャロウグラス』
*ロレンス・ヴァン・デル・ポスト 『影の獄にて』
突然思い出した。映画『戦場のメリークリスマス』の原作。映画よりずっといいと思った記憶がある。
*テリー・ホワイト 『真夜中の相棒』
これは同世代のお友達に数年前、教わった。ドロップアウトし、薄暗い都市の隅で危険な仕事をする、しかしピュアな男たちの、ゆるやかで優しい関係。多田由美氏のコミックが好きな人はお好きなのではないでしょうか。

海外編:ウィリアム・バロウズとかジャン・ジュネ(すいません途中で止めました)とかは有名だが読みにくくはある。物語に没入したいという方にはあまり向かないと思う。わたしは全体を貫通する、お話、脈絡、がわからないと読むのがつらい。
オスカー・ワイルドの良さはわたしには理解できない。

*J.G.バラードについて、
 異常な思想、ヴィジョンに誘う導師的怪人物と、彼に引っ張られる主人公という人間関係が出てくることが、たまさかありと書いたけれど、こういう関係は相当エロティックでもある。そして前に書いた『楽園への疾走』を除くと、わたしの読んだ限りでは大抵それらは男性同士である。
『コカイン・ナイト』あたりが結構読みやすい。
*デニス・クーパー 色々
ポスト・パンクで殺人も悪魔崇拝儀式もある。あまりなモチーフ満載なため、真っ当なゲイの人たちから、デニス・クーパーに死を、と言われたりしたらしい。殺人したりして何か(そして何かが何かとは何も語られない)を求めていたりするけれど絶対に手に入らない感じ。
最近は翻訳されていないようですがどこかで出してくれないだろうか。

*映画監督グレッグ・アラキ作品


恐らくもっともっとたくさん『男同士の尋常ならない関係』の出てくる凄まじい作があると思う。(一番のお薦めですか。そんなの『身毒丸』ですよ決まってるでしょう)


バラードのところで書いたけれど、
一人の人が持つstrangeな思想なり感覚なり欲望なりヴィジョンなりが、例えば『男同士の尋常ならぬ関係』では、増幅されたり、移っていったり、実際に行動に移されたり、あるいは一方が拒否したりする。
今現在のわたしにとって、やおい的な『男同士の尋常でない関係』への興味は、そういうstrangeなvisionを培養する揺籃の一つとして、である。

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今度の目的地は遠くて、行き着けたとしても暗くて怖い場所であることです。
わたしが小説を書くのは不安に押されてではないかという気がする。書くのも不安で怖いが、書かないともっと怖い目に遭いそうに思える。書けば不安が昇華されるかというと、
そうでもない。『人生を楽しむ』とかいう状態が本当にわからない。いや、もちろん楽しいこともあるんですけど、大抵はマイナス面の方に目がいく。

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このページは、間瀬純子が2006年9月 4日 23:41に書いたブログ記事です。

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