また寝転がっていたい願望について

山の中にいて下界に降りてきたら
ミサイルが飛んでいた。

行った先の山は、見渡す限り一面、大小様々な山が続き、山の畝のようだった。
朝起きると、窓から山の畝に光が当たっているのが見えた。
一瞬何故ここにいるのか全然わからなかった。

attention
ここからはフィクションですよ。

大昔の村でわたしは暮らしており
村の全員それぞれが、
それぞれの七代前の先祖がやったことまで知っており、
わたしの五代前の茂吉が鉈を振り回して村中を暴れ回ったこととかが
口承で伝わっており、
わたしの嫁入り先の姑がその件でいつも嫌みを言い、
わたしの末っ子の留吉に対し、おまえには、
鉈を振り回した茂吉の霊が取り憑いていて、将来きっと茂吉と同じことをやると繰り返す。
わたしは留吉が可哀相だと思い、姑が寝入ったあと留吉にフォローしようとするが
留吉に、もう子供生むのイヤだから
留吉って名前をつけたのは、わたしである。
もちろんわたしも姑の伯母の祖母が***で***だったとか知っている。
姑のことを、口には出さずとも、頭の中で『**な、****な、』と形容し続け、
言葉で意味づける。

村中の人同士の、口に出す出さないはともかく、
先祖子孫にまでわたる言葉の意味づけの錯綜。
わたし(登場人物)は、何か面倒になって、
深い山が、意味に汚染されていない清潔な空間に見えて、
留吉も置いて一人で、不吉な伝承のため村人も避ける山に入ってみました。
というか、
もう村の労働がイヤになっただけかな。

村を出たら、他の村は遙か彼方で、街? 都? 何それ? 
話には聞いたことはあるが、本当に存在するのか謎であり、
山で自給自足をする能力気力もない。
わたし(登場人物)は村人の近づかない山にのろのろと登っていった。
ビニールシートを電気工事用結束バンドで木にくくりつけ、テントを作って、
あとは寝ていた。
成人男性の親指ほどの
芋虫が目の前を這っているが、その時わたし(登場人物)は、その芋虫を食うか否か。

即席のテントに雨が浸入してきます。
村人たちの言葉の錯綜が鬱陶しいと言いつつ、
わたし(登場人物)が一人になり、
他人のいない、山の中で転がっていても
頭の中には絶えず言葉がつきまといます。
村の衆はわたし(登場人物)がいなくなったのも
わたしの五代前の茂吉が鉈を振り回した祟りだと噂するのだろうな、とか
その因果関係のつけ方には疑問を感じる、とか。
そして留吉は茂吉の鉈振り回し事件+わたし(登場人物)失踪事件について、
留吉は「そういうことをやった先祖と母を持った奴」と言われ、
それは村の言葉では「生まれながらに悪いことロクでもないことをするであろう奴」を意味するだろう。
留吉よ、今後、村中でそう意味づけられ続けても、
まあ真っ当に反論できる知性と実力を何とかゲットしてくれ、
お母さん(わたし/登場人物)は疲れましたので逃げます、すまん、とか。
しかし今わたし(登場人物)は、村の衆が何を考えているか想像しているが、
一人一人が何を考えているかなんて実際のところ、正確にはわかるわけないな。とか。
いきなり村が巨大宇宙船であったことが判明し、ワープ航法で宇宙の涯に飛び去っているかもしれない。
そして、暑いなアイスクリームが食べたいな、とか。

実はわたし(筆者及び登場人物)はとても言葉が好きなのです。
言葉の、何かを意味づけ指し示す効果が鬱陶しいときがあっても、
言葉が意味を持っていることが魅力でもあるのです。
でもやはり鬱陶しくなる時があり、そういうときは、狂騒的に、
言葉を使いつつも、あまり意味を持たなそうな言葉遊びに走ったりしますが、
例えば「豆腐を洗う猫が唐で豆腐と不当は似ている」
その言葉遊びも、何となくお話になったりしているように見える。

どれくらい時間が経ったのかな。
山の中で、破れたテントでびしょびしょになったまま
飢え、森林の木々に押しつぶされるように寝そべっていると、
段々、わたし(登場人物)の頭の中からも言葉は消えていきます。

あー、
なんか言葉が好きだから、きれいな言葉を思いだしたいと、
わたし(登場人物)は、わずかに残った言語能力で漠然と考えます。
何がいいですか。
わたし(筆者及び登場人物)がかつて言ったり書いたりした言葉の中でマシなやつでも、
素晴らしい作家や詩人の言葉でもいい。もう自他の境界を付ける必要もないのだ。
*原*也(←名前忘れているらしい/筆者・註)の市じゃなくて詩は? 
わたし(登場人物)には、長くて思いだせないようです。
ああ、和歌とかいいですね。
わたし(登場人物)は、腐った木の根を枕に、
和歌を思いだそうとします。
時間の感覚はありません。林が明るかったのが、暗くなりました。
どこかで
なんかの動物が鳴いています。

わたし(登場人物)は、夜が明け、また暗くなるころ、
ようやく、和歌を一首思い出します。

この世をばわが世とぞ思ふ 望月の欠けたることもなしと思へば (c)藤原道長

シチュエーションと全然合ってないじゃんかよ、とわたし(筆者)は思いましたが、
わたし(登場人物)は
一晩中この和歌を気持ちよさそうに頭の中でリピートしていました。


**
追記:
ブログ更新久しぶりです。
今後、ますます更新しなくなっていくと思われます。

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このページは、間瀬純子が2006年7月 7日 21:46に書いたブログ記事です。

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