"あの感じ"

書く余裕がないからとか一月ぐらいブログ休むとか書いた矢先ですけれど、
気になると書かないと落ち着かない。

「気刊 何の雑誌」6号(幻堂出版/04/07発売)掲載の鈴木漁生氏作・小説『あかなめ』の感想。

あらすじ:昭和20年代に生まれた発育不全の少年、「渉」は、路地に座り込んでいるうちに、強烈な恍惚感をともなった”あの感じ”を味わう。”あの感じ”は一瞬で過ぎ去ってしまうし、ある年齢を境にぴたりと”あの感じ”はやってこなくなるのだが、渉は、”あの感じ”を求め続けるのだった、
そのうち、渉は父親に見せ物小屋に売られ、舞台で『妖怪・垢舐め』の役を振られる。風呂桶を舐めているうちに、『垢舐め』行為によって、渉は”あの感じ”を再び手に入れられることに気づくのだった。

この小説の、
特にキーワードだと思われる”あの感じ”という表現は、著者が何度も考えて、自分でも実際に頭の中で繰り返してきた言葉なのではないだろうか。
わたしも、”あの感じ”という、『あかなめ』と、まったく同じ表現で、表していた感覚がある、それがこの『あかなめ』の渉の感じる”あの感じ”と同じかはわからない。
渉の感じる”あの感じ”はこういうものです。

目に見えぬ何かが、いきなり渉の体に飛び込んできた。 --刹那。えも言われぬ快感が、渉の体を電気のように疾り抜け、次の瞬間には、もうその目に見えぬ何かは渉の体から飛び出して、どこかへ去っていった。(中略)ただ、めまいのするような強烈な恍惚感に貫かれたその余韻だけが渉の体の中に残っていた。

うーん、わたしが子供のころ感じた”あの感じ”は、
一瞬で過ぎ去った点、いつの間にかほとんど訪れなくなった点等では、『渉』のそれと似ているのですが、
『強烈な恍惚』というほど強烈なものではなかった、気がする。
なにしろ一瞬で過ぎ去り、それを感じた直後であっても、その感触の残りを反芻するのも困難なので、これこそほんとうに、名状しがたい! 名付けがたい、”あの感じ”としか言いようがない。
夕焼けに暗みが増して朱色から藍色になっていくころの、晩秋の武蔵野の、葉の落ちた切り立ったケヤキか何かの枝に、月と金星が光っているのを見たときとか、何か夕方、空を眺めた時に多く感じたような記憶があるが、自分の記憶など当てにならない。
性的な性質のものでは恐らくなかったし、至高体験というほどのものでもない、もしかしたら特に対象のない『萌え』みたいなものなのか。
何か遠くへの憧れのような郷愁のような甘美というにはもう少しストイックなもののようだった。小学生のころは、惑星だの宇宙だの恒星だのブラックホールの謎といった本をよく読んでいた。そこに感じた『遠く』への興味が、空を見上げた時にオーバーラップしたのかもしれないし、♪名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実一つ、と歌われたりした父祖の地の、その祖先が元いた遠き島の故郷へのノスタルジーとかなのであろうか、とか、本当に適当に憶測してみたりもする。
ただ”あの感じ”を再現し定着する装置があるならば今でも欲しい。
わたしは、空想に溺れる子供であったが、その空想するという作業は、『”あの感じ”再生』の試みでもあったのかもしれない。そして空想を定着するのが後に、創作したりに繋がっていくのだけれど、”あの感じ”を定着するのとは別の方向に行っていると思う……だって、”あの感じ”は、本当に一瞬で消えてしまい、それを感じたことは覚えていても、感触自体の記憶は残さないのだから。


『あかなめ』の主人公は、幸福にも、”あの感じ”を再現できる方法を獲得する、風呂桶の垢を舐めるというひどく卑俗な、恐らく、誰とも共有できない方法で。そして一生を、”あの感じ”を感じるために捧げるわけですが、
ああ、この発見した方法が、誰でもその方法を行いさえすれば”あの感じ”確実にゲットできる方法であったならば、と思う。
……風呂桶を舐めるのは誰にでも出来るだろうが、”あの感じ”を得られるのは『渉』だけだろう……。
例えば芸術作品という形だったり、新しいドラッグ製造だったり、体操だったり、宗教だったりといった方法で、そして、渉がそれを伝道すれば、ああ『渉』はある意味『神』かもなあ、ここで言う神は『レディオヘッドのトム・ヨークは、レディヘのファンにとっては神』とかと同じ意味での『神』だが。

しかし、『渉』にはそもそも、誰かに”あの感じ”を感じてもらいたい、分け与えるという発想がない。
そして、『ロックスター』にも『神!』にも『教祖』にもならず、人知れず世間に紛れて消えていく。そのような人は、昔から実はたくさんいたのかもしれない。
実際のところ、”あの感じ”を感じる人はどれくらいいるのだろう?
著者の鈴木漁生氏は間違いなく感じたことがあるだろう。
創作してみようとかいう人には、”あの感じ”感じ率が高いのか?
それとも誰でも子供時代には感じるのか? 脳内物質とか何かそういうものが、子供時代に分泌されやすいとかそんな理由なのか。謎。

幻堂出版HP→http://www.geocities.jp/maborosidou/

それではまた、しばらく消えます。お休みなさい。

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このページは、間瀬純子が2005年8月30日 23:40に書いたブログ記事です。

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