ちょっと「やおい」関係のことなど(1)

クラスで一人だけ浮いている少女

かつて、70年代末-80年代、そのような少女が背伸びして読むのが、
雑誌「JUNE」であった、と当時を知る方が語ったのを聞いたことが
あります。
わたしが読んだりしていたのは80年代前半でした。
別に背伸びしてはいなかったし、
読んでいるのもクラスで一人だけではなく、同級生から回ってきたよ。
雑誌のJUNEやライバル誌のALLAN(すまんALLAN派でした)、
それからタイムラグを置いて読んだ24年組の少年愛マンガの数々、
それらが、初めてわたしが目にした「女性向けに書かれた男性同性愛」創作でした。

単に、「女性向けに書かれた男性同性愛」創作だけを表す言葉としては、わたしには現在、
「やおい」がもっともふさわしいように思えます。
が、これも「やまなしおちなし意味なし」の略だとかその元になった同人誌だとか作品群だとか、ルーツを直接ご存じの方は、その言葉に、当時の「やおい」という言葉に独特のニュアンスがありありと浮かぶのだろうな、と思います。
坂田靖子氏が関係していたという話を読んだ気がしますが、このブログは記憶力を破壊された人間によって書かれているため、『信憑性の薄い伝聞や仮説やらも書く、ただし、その情報の信憑性が怪しい時はそう注意する』という方針になっていますので、正確な情報が必要な方は、
別のところを当たってくださいますようお願い申し上げますですよ。
というわけで、わたしは「やおい」発生時代の事情は知らないし、作品も知りません。いや、まあ、その結果、単に、「やおい」という言葉が、「女性向けに書かれた男性同性愛」として一番包括的に使えそうに思うようになっています。知らないとそんなものですね。

気がつくと、JUNEは雑誌名であると同時に、ジャンル名になっていました。
しかし、先ほどぐだぐだ書いた「やおい」という言葉と同じように、
「JUNE」という言葉は雑誌のJUNEに思い入れがある方も多く、
人によって定義は違うようです。
本屋さんで売っていた雑誌ですから、思い入れのある方、その実物を知る方は、「やおい」の場合より多いでしょう。
ただ、過去は美化されるんだよ……。当時のわたしが見てもひどい小説も載っていたよ……。まあ実際、非常に惹かれた作品もあったのは事実で、惹かれる作とアウトサイダーアートが混じっている、それも良い思い出かもしれません。
ただ、雑誌にしろジャンルにしろ「JUNE」は、まず、「女性向けに書かれた男性同性愛」であることが、無言の前提になってしまっているけれど、80年代以前には、むしろ、「クラスで一人だけ浮いている少女のための創作」であり、それが少年愛の形を取ったのは、その時代には「それが都合が良かったから」なんじゃないかと思います。
あー、太宰治が何かで、(女の作家っていうのは馬鹿だ、男の作家が書いた女を真似て、女を書いている)といった内容のことを書いているのを読んだ気がするのですが、
いや、そうなってしまうんだよ、特に、「クラスで一人だけ浮いている少女」は
まあ読書とかに向かいがちです(include meっていうか自分だよ)。
濫読したりしますから余計、男の作家の書いた女の真似でしか女書けない、
数少ないお友達の女の子がいて、彼女たちのことがとても好きでも、
そりゃ小説のfemme fataleとかのほうが魅力的だから、自分で初めて書こうとした時はやはり、男性が夢見た美女・悪女・悪魔的美少女ーとか、の真似になってしまうのですよ。たまに、とても魅力的な女友達がいたら、逆に小説や映画のキャラクターに重ねてしまったりな。
そのトラップから逃げるのにちょうど良いのが、「やおい」だったんじゃないのか。
いや、女書くのはマジで難しかったです。男性作家がほとんどだった時代に、「女が書けなきゃダメだ」っていうのは他者が書けなきゃダメみたいな意味なんだろうけど、あー、こっちは「他者として書かれた虚構の女たち」フィルターを外さなきゃならないわけですね、そんな難しいこと簡単にできるかって>太宰君
しかし、数年前から、わたし的には、「この登場人物の女はそれなりにリアルなんじゃないか?」と思えるような女の人が書けるようになりました。まあ、痛い人ばっかりですが。
女性を書く女性作家も増えました。
だから、今、「クラスで一人だけ浮いている少女のための創作」があるとしたら、別に、
「やおい」じゃなくてもいいんじゃないの。逆に「やおい」であっても良いわけです。
どっちでもいいんですよ。
---

表題に(1)とあるように、この話続くみたいですよ。
---

追記:
この文には、『やおい』を書く人/読む人のヰタ・セクスアリスについての考察が抜け落ちている。

別に研究者でも探求者でもないわたしでも、インターネットが普及した今では、大量のやおい好きの方にアンケートを取ったりということが不可能ではないけれど、そこまでする気力はない。『やおい好き』をキーワードに何かを読み解こうとは思わない。また、自分を対象(踏み台?)にする……、性愛に対する個人的な体験・感覚から、その自分が「やおい」がに惹かれた経緯を考えるという方法はあるが、わたしは、自分が個人的なヰタ・セクスアリスについて語ることに嫌悪を覚える(他人の語るそれも、場合によるが、あまり好きではない)。まあ嫌悪を覚える、という辺りにポイントがあるーー、かもしれないが。
自分がメスであること嫌悪→性的なもの嫌悪→でも性欲はある→自分に関係ない男どうしのお話ならオーケイ→という理屈は非常にわかりやすいが、自分も他のやおい好きの方にとっても、本当にそうなのか。
若干考えるところもありますが、それはそのうち創作の形で出せれば、と思っています。
2006/08/05

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: ちょっと「やおい」関係のことなど(1)

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://dluv.velvet.jp/cgi/mt/mt-tb.cgi/51

このブログ記事について

このページは、間瀬純子が2005年7月15日 20:11に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「blonde redhead featuring David Sylvian」です。

次のブログ記事は「やおい関係(2) ボーイズラブの謎」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.01