1 フィクション: 2008年3月アーカイブ

登場する人物/団体/土地/宗教はすべてフィクション。
=トム・ヨークとは= 
孤高のミュージシャン。人がいい。実在の同名の人物とは無関係。
植民惑星で二万三〇〇〇年過ごした。


トムは、高度に発展した文明を作り上げたニワトリたちのユートピア惑星でしばらくぼーっとしていた。五十三個の恒星が経巡る中、ニワトリは人権宣言を採択し、それから生きとし生けるもののみならず無生物までにすべてに平等な権利を発令した。素晴らしいニワトリ世界であった。ニワトリたちは合唱しながら芽キャベツを育て、歴史を記録し、卵を産み、合唱し終えるといっせいに眠った。
トムはあまりにもやることがなかったため、やはり地球に帰ろうと決めた。ニワトリの長老は言った。「地球は我々にとっても母なる惑星ではありますが、人類でいっぱいでしょう。堕落し途方に暮れ、互いに軽蔑し食いあい、有毒物質と有毒概念に充ち満ちた、未来の短い人類などの住まう星より、私たちと楽しく暮らしましょう」
ニワトリ五十三羽がフォーメーションを組んで、巨大な飛行機の形になり、黄緑色の空を滑空していった。クリーンエネルギーの飛行機である。
ニワトリたちは懇願したが、トムの決意は固かった。
名残を惜しむニワトリたちに見送られ時空位相機に乗り、ギターを握りしめて星からの帰還をした。

難波江の短き葦の節の間のテトラポットにガンガンぶつかりながら、トムは海岸に漂着した。海岸で気を失っていると、アジア人の女たちが集まってきてトムを取り囲んだ。「トム・ヨークはんやわー」「いやーほんまやー。何やっとうの?」「かっこええわあ」
トムがアリガトとか言おうかと思っていると、
街の長老がやってきて女の子たちを追い払った。
漂流物のトムは住民に拾われヒルコ神社に祭られた。
海上から来た「まれびと」(客人)のトムは、海の彼方から、たくさんの幸福を運んできたのだと考えられた。

お正月が過ぎて数日後、境内ではトムの市の祭りの準備がなされた。狛犬のとなりに、高さ二メートルほどの木製の台が作られ、てっぺんの台座には金泊を混ぜた和紙が敷かれた。禊をした神官たちによって、トムはそれは丁重に、台座に横たわらされた。
太鼓が鳴った。
着飾った参拝客が家族友人カップル連れだって、どっと押し寄せた。みんながトムのいる台を取り囲み、酒を供え、トムに小銭を貼りつけた。何故、参拝客はトムに賽銭を貼り、酒を供えるのか。トムが海の向こうに帰ったのち、他のまれびとや魚や黄金を積んだ船に、上機嫌でこう伝えることが期待されているのである。……この街でこんなにいい目にあったから、君たちもどんどん行って、イカナゴの釘煮や明石の昼網に掛かってタコの刺身になったりしたまえ。
一応ギターも供えられていた。世界が終わる日にも浜辺に立ってギターを弾きたいと歌ったことはあったが、こういう状況は考えたことがなかった。振袖姿の娘さんや羽織袴の商店主たちが商売繁盛を願ってトムにどんどん小銭を貼りつけるのだった。トムは小銭を貼られながら、貼った人の商売繁盛を願った。トムの全身は十円玉や五円玉で何層にも覆われた。
金魚掬いをした少女が、黒い大きな出眼金を掬ったら、金魚掬い屋台のおじさんは、「じょうちゃん、赤いほうがええんやないか」と言い、お持ち帰り用ビニール袋に赤い小さな金魚を入れて少女に渡した。少女は何か納得できなかったけれど、何も言い返せなかった。トムは少女に勇気を持つようにと願った。屋台のおじさんと金魚の幸福を願った。
お祭りの帰りに、少女は、金魚は広いところで泳いだ方が幸せかもしれないと思って、テトラポッドから海に投げこんだ。
夜になり、人出はますます激しくなった。境内にはぐるりと電線が回され提灯が灯された。そこは非現実のハレの世界に変わった。グローバル化の進む世界のヒルコ神社であった。仮設のプレハブ小屋では、清楚なメスティーソの美少女たちが朱色の袴を穿いて、頭頂に花飾りをつけ、笑いさざめきながら、おみくじを売っていた。

六十七番 大吉 黄金ます山より海よりヒルコかな(ユー・ウィル・ビー・ベリー・リッチ・アンド・ハッピー)

絵馬にはアラビア文字が躍り、ギターを抱えたマリアッチが情熱的に硬い弦を叩いて愛の歌を歌いあげ、トムの市に合わせ結婚式を挙げるカップルを祝福した。金襴緞子の帯を締め、真っ赤な口紅と初めてのお歯黒を塗った可愛い花嫁の手を取って、幸せ者の花婿が指輪を嵌める。新婚の二人は小銭まみれのトムの祭壇の前に立ち、マリアッチと巫女さんに囲まれ、みんな笑顔で記念写真を撮った。特設リングではプロレスが始まり、ロバート・ロドリゲスが映画の撮影をしている。参道の横の池では海豚が輪くぐりをして、キュキューと鳴き、観衆は緋毛氈を敷いた長椅子に座って茹で卵を食べながら拍手をした。ワンちゃんサーカスとお化け屋敷と皿回しとジャグリング芸人と溢れるほどのお笑い芸人が出てきて新年のトムの市を言祝いだ。
「幸せにしてください、まれびとのトム様」とみんな願った。冬の夜空には月が玲瓏と輝き、白木の柱に吊された提灯が黄色く輝く。境内の暗い木々の枝枝に、桜と梅と薔薇と椿がいっせいに開花した。
イワン・カラマーゾフが歩きながら茹で卵を囓り、弟のアリョーシャに陽気に言った。「さあ、あっぱれな苦行僧のアリョーシャ・カラマーゾフ君! 見てくれよ、この幸福を求める人々を!」
「可哀相な兄さん! 文化相対主義という言葉をご存じないのですか」
「一六世紀、イスパニアのセビリアに『あのお方』が現れたけれど大審問官は、大多数の人間は、あなたがくださった自由などには耐えられないと追い払った。それは正解だったんだよ! 自由より幸福! 僕も謹んで神様に入場券を突き返したいとつねづね思っているんだよ!」「それは駄目です! 反逆です!」アリョーシャは困惑しながら、和紙が掛け回された台の上に、ちょうど揚げたての天ぷらが和紙に載っているかのように載っている、小銭を甲冑のように身につけた、人間に似た形の偶像を見上げた。
異教の偶像は変に見える。トムの市とソドムの市は似ている。
イワンとアリョーシャは茹で卵を食べ終えると、トムに近づいてきた。イワンはポケットをさぐり、紙切れを取り出すと、言った。「ほら、お返ししますよ!」そうしてトムの小銭まみれの体に、イワン用の『この世の入場券』を貼った。貼った途端に、衛生博覧会会場を突き抜け、サーカス団から逃げてきたらしい、プラスティックの花飾りをびらびらつけた馬が激烈に走り込んできて、イワンと激突した。イワン・カラマーゾフは即死した。
トムに貼られた小銭もインターナショナルだった。懐かしいポンドの紙幣もあったが、トムは小銭の重さに息も絶え絶えだった。トムの横に背の高い威厳のある老女が立っていた、彼女はトムのほとんど小銭埋もれた首に小さな布きれを巻いた。これはあなたに引き継ぎます、と穏やかに老女は言った。
赤糸で『A』の字が見事に刺繍されていた。言うまでもなく、Aはアーティストの略である。『カラマーゾフの兄弟』ネタかと思わせて『緋文字』である。老いたヘスター・プリンは言った。「あの巫女たちの冠の花飾りも私が作ったのです。ですが私に出来るのはささやかな手仕事だけです」トムは久しぶりに会話が出来ることに喜びながら、答えた。「花飾りはとてもきれいです。どうかそんなに謙遜なさらないでください」トムは二万三〇二〇年ほど前、大学で、他のアーティストを敬うことを学んでいた。
「いいえ。あなたのほうがアーティストの名にふさわしい」老女は『A』の烙印を刺繍した布をトムに渡すと、いなくなっていた。
トムが寝ていたのは祭壇ではなく、晒し台だった。アーティストだろうと漂流神だろうとどうでもいいけれど、つうかほとんど寝てるだけじゃんかよ。こんなのでいいのかよ、とトムは思った。ストーリーないじゃん。
トムの体は二万三〇〇〇年の他星での暮らしによって変化しており、剥がれた皮膚の細胞が小銭の金属成分と融合して、近隣に抗鬱剤の成分をまき散らしていたため本当に幸福効果を発していた。けたたましいマリアッチの歌、そしてプロレスも戦隊ショーもすべての芸能は、何もかも、よく考えるとこの境内で祭られている有り難き存在=すなわち、ここに寝ているトムに捧げられているのである。芸能が芸術家に捧げられるとは一体何であろうか。僕に神の代役をやれと言うことであろうか? 自由の代わりに幸福を、みんなが僕にひれ伏すように、喜んでひれ伏せと言わなければこの人たちは幸福になれないのだろうか。現代ではロックコンサートはしばしば官能と高揚のための儀式であることが期待される。一番効果的なのは会場でなるべく残虐に殺されることだ。トムはそんな役割はやりたくなかった。トムがピアノに向かうのは、一夜の興奮の刺激剤を作るためではない。
トム、うたって、トム。わたしがどうすればよいか、うたって。
トムはパラノイド・アンドロイドのための神学大系を作ることを考えた。じゃなくて単にお祭りが楽しいだけなんだろうか。というか、このお祭りが終わったら、祭られていたトムはどうなるんだろうか。神殺し、神狩りであろうか。活け作りとか、腹を割いて内臓占い。
参道を、一団と華やかで、厳かな行列が歩いてきた。先頭は軍楽隊で、ドラムとクラリオンが重々しく鳴らされた。マリアッチたちは気圧されたようにギターを弾きまくるのを止めた。甲冑姿の軍楽隊に続くのは権威ある文官たちである。地味な色の服だが、市長や判事の手袋には繊細な飾り刺繍が入っている、行列はトムの前を横切り、トムの前で止まった。若いが誰よりも敬虔で学識豊かで憂鬱に満ちたアーサー・ディムズデール牧師が立派な説教をした。人々はこの牧師を敬愛していたが、今日は何かしら不吉なものを感じた。牧師は病がひどくなり、ロジャー・チリングワース医師と一緒に住んで看病してもらっていた。
やっぱり、ディムズデール牧師は行列を抜け、トムのほうにふらふらやって来た。トムの小銭を掻き分け、晒し台によじ登り、トムの上半身を抱え起こすと混乱した様子で囁いた。「確かに私たちは罪を犯した、かつて、この関係にはどこかしら神聖なところがあるとさえ思ったとは何という罪であろうか」トムの肩を抱いて牧師は観衆に叫んだ。「みなさん! 私は」
ああ、こんな不敬なことがあるのだろうか。イワン・カラマーゾフとアリョーシャ・カラマーゾフの兄弟やおいはいかにもありそうだが、ロジャー・チリングワース医師とディムズデール牧師のやおいを書く人はいるのであろうか。
祭りは終わった。
翌朝、晒し台から降りたトムはもらった小銭を、道で出会った人に分け与えながら、どこかに歩いていった。荒野に修行に行ったという人もあれば、天国に召されたのだという人もいる。マリアナ海溝で魚たちを集め、明石の昼網にかかるよう、説得しているのだろうか。
胸に『アーティスト』マークの布を下げていたかどうかは、私は目撃していないので知らない。
ギターは持って帰ったらしいです。

↓昔書いたトム小話
http://masejunko.net/tyork.html

地上での近況:一部の方には、今年初めに引っ越すとお伝えいたしましたが、しばらく延期いたします。とはいえ、遅くとも、来年か再来年には引っ越す予定です。よろしくお願い申し上げます。

地下での近況:
名誉なことに、モグラ帝国の誇る知識モグ・モグ山暗夜行路氏のご著書をいただきました。著者直筆サイン付きです。
ご著書から、ちょっと引用してみましょう。
(検索でこのページへたどり着いた方へ。以下の引用文は何も意味させないようにという意図の元に書かれた駄文なり)

言うまでもなく、モグラであること―その真のモグラ性は、単に生きて潜るモグラそのものであるうちには存在しない。モグラの不断の地下への象徴的自己投棄の行為そのものの連続がモグラであることを保証するなどと言うモグラ万有神論的戯言は言うまでもなく無意味でもあり有害である。モグラが真のモグラたり得る第一条件は、言うまでもなく、モグラとの名前がついていることだけだなどという少欲知足もあり得るがそれはモグラ言霊のなせる技であるが、言うまでもなく、そのモグラ言霊があってしても、地下への自己投棄に向かう自己陶冶や自己投企や自己盗難や自己開発や自己差別の企ては、いかなる実りある結果ももたらさないのである。

『モグラ宇宙時代の幕開けに向けて』モグ山・暗夜行路/著 

私はモグ山暗夜行路氏とともに、地下洞窟の、さらさらと水が流れる地下流水の川原に立っています。長い年月、水に洗われた深緑や濃い灰色の小石は、とてもなめらかです。小モグラたちが、駆け回っては小石を広い、鏡文字になった「あ」とか「ゐ」とかの形の小石がないか探しています。石の活字というわけです。そうですここは、グーテンモグラの宇宙が大爆発したモグラ帝国国立印刷所でした。
私は本を開き、きれいに並んだ活字を眺め、凄いなあと思いました。
私はモグ山暗夜行路氏に言います。「きれいな印刷ですね」
モグ山暗夜行路氏は不満そうに言いました。
「読めるように印刷されているすべての書物は、言うまでもなく、内容が問題になるものでありましょう」
「……はあ、内容は私には難解すぎて」私は率直に言いました。
「まあ、確かに外国のお方には拙著の切実さは理解しづらいものでしょうな」モグ山暗夜行路はさすがモグラ知識モグらしく、鷹揚に言いました。「要するに、モグラ帝国の近代化に当たっては、モグラ=地下、というこのステロタイプな図式を崩さなければなりません。地下は識閾下だの地獄だのを連想させすぎますですから私たちは」
「はあ」
「宇宙に行くのです」
「宇宙ですか?」
今日はケンタウモグ祭りの日でした。川原の向こうでは、小モグラたちが集まって、空気がどんより動かない地下洞で、風車に息を吹きかけては回し、綿飴とか食っています。ケンタウモグ祭りといっても、地下だからモグラが走馬燈を回しながら、もぐもぐ踊るだけです。
活字小石を拾っている子モグラたちも、さぞかし早く仕事を終えて、ケンタウモグ祭りに行きたいことでしょう。今日は六時までの約束の少年モグ字工のジョヴァンモグは、小さな体を曲げては小石を拾っては川原に一つ積んだり三つ積んだりしています。

「宇宙ってどうやって行くんですか……」
胸に勲章をたくさんつけた、第42代モグラ議長が来ています。「我が国の誇る知性、モグ山暗夜行路は科学者でもある」
モグ山暗夜行路は言いました。「宇宙進出という過酷な経験こそ、我々を真のモグラへと鍛え上げずには起きません」
「あの、『真のモグラ』、とか『モグラ』ってどういう意味で使っているんですか」
モグ山暗夜行路は知性の人であるだけでなく行動の人でした。モグ山暗夜行路はもう既に、小石をぎしぎし踏んで、短い足で地下の川原を駆けだしていました。病気のおかあさんのために印刷所の受付でモグ乳をもらおうとしたジョヴァンモグの背後から近づき、羽交い締めにし、いきなり地下洞窟の天井に向かって叫びました。
「さあ銀河鉄道よ、ジョヴァンモグがいるぞ。迎えに降りてこい!」
モグラ議長とお着きの武官たちも、
印刷所のモグラたちも、
ケンタウモグ祭りの子モグたちも、
モグラ宇宙移モグになる予定のモグラ一連隊も、しんと静まり、
銀河鉄道の警笛が聞こえてくるのを待ちました。

……宮沢賢治を読むと、私は、決して嫌いではないのですが、何か説明しがたい微妙な気分になります。宮沢賢治との最初の出会いは「アメニモマケズ」を強制暗唱させられた小学生の時で、あの勤勉さというよりむしろ他人のために身を捨てることへの渇望は小学生の私には我慢がならないものでした。なんか、宮沢賢治の幻想的な話を読むと、「アメニモマケズ」の人なら、こんな夢のようなことを書いていていいのか? 地の塩に徹っしないでいいのだろうか? という気がしてきます。
しかし「猫の事務所」は大好きです。猫の事務所に出てくる苛められる「かま猫」の可哀相で可愛い凄まじい可愛さは、今まで読んだ猫が出てくる話の中で一番です。話のテーマなぞ無視してひたすら猫の可愛さを味わうのが「猫の事務所」の正しい楽しみ方だと思います。……

私たちは銀河鉄道の警笛を待ち続けましたが、
当然何も起こるわけがありません。第42代モグラ議長は苛立たしげにモグ山・暗夜行路氏を睨みました。
モグ山暗夜行路はじっと考えています。「初めに言葉があったのだ。言葉と現象は対応している。さもなければ我々知識人が現象を書き記すことは不可能だ……」
モグ山暗夜行路は不意に明るい表情になると、風車を持ってうろうろしていた子モグラを指さして叫びました。「あいつがカンパモグラだ! 銀河鉄道の来訪にはカンパモグラの犠牲が必要なのだ! カンパモグラを溺死せしめよ!」
モグラ議長の近衛兵たちは、子モグラを取り囲み、ひーひー泣く子モグラを川に投げ落としました。

またみんなで銀河鉄道を待っていましたが、やっぱり来ません。
しばらくしてモグラ議長がモグ山暗夜行路に死刑を宣告しました。モグラ議長の近衛兵軍団が彼を連れ去りました。
モグ山暗夜行路氏は近代知識モグの痛ましい悲劇を体現していました。
辞世の句すらない。

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