風邪を引いたらしく微熱があり、頭が痛い。
結構がんがん痛いな。
と同時に、私の普段の性癖、すなわち
私の脳内で『inside me 他人』が
絶えず私の悪口を、ダメとかぼんくらとかゴミ屑とか、生きているのが既に傲慢であるとか
そんなことを言い続ける、それが止まっている。
珍しい。久々に平穏な気分です。
でもちょっとぼうっとしている。
頭はガンガン痛いです。バファリンを飲んでみました。
数年前、ブログではなく「ネット日記」を書いていたころ
取り上げた題材だと思うが、突然思い出したので書いておきます。
大学を受験しようとしていたころ、Z会の通信添削講座を受けていた。
受験用練習問題を自宅で解き、解答を郵便で送ると、
しばらくして赤ペンで添削されて返ってくる。
小論文は制限文字わずか800字だった(ような気がする)原稿用紙二枚か。
制限時間二時間なのに、書くのに16時間とかかかって、
解答に要した時間を書く欄に
16時間と書くのは気が引けて8時間とかにしていた。文を書くのがすごく遅かった。
Z会からは毎月、解答や解説や受験テクニックなどが書かれた雑誌が送られてきた。その雑誌の「会員のお便りコーナー」で以下のような投書を読んだ記憶がある。あくまでうろ覚えである。投書主は男性だったと思う。
「僕の近所の小母さんが、
出刃包丁で自分の背中を切っていた。
僕が数日後、近所のドブを見ると、脂肪のかたまりがドブの中に落ちていた。
脂肪は黄色かった。僕は気持ちが悪くなった」
私の記憶力は怪しい。かつて見た情景などを脳裏に浮かべることはできるのだが、主観で記憶を改造していることがしばしばあるように思う。
上のような投書が本当に受験雑誌の読者お便りコーナーに載るものだろうか。
送ってくるやつはいるかもしれない。
そして多分マイナーな存在であるお便りコーナー担当者は、
一人で細々とやっていたりしそうだ。
まあその人が自由闊達な人で、
あるいは猟奇好きで、
あるいは鬱屈していて、
あるいは、かの投書を良い文だと判断して(私が思うには、奇妙だがリアリティのある良い文じゃないだろうか。センテンスとかは全然覚えていないけれど)、
掲載したのかもしれない。
というか
上司チェックはないのか?
というかこの記憶自体、夢なのか本で読んだのか現実にあったことなのか判然としない。夢だとしたら
「お便りコーナーに載っている投書を読む夢」だ。
本当に投書主がいるとしたら、その人は本当に
近所の小母さんが、背中を出刃包丁で切っているのを見たのか。
脂肪はその小母さんのものなのか。とかはどうでもいいや。
バファリン飲んだら効いてきました。
追記:
もしかすると、お便りコーナー担当者の創作かもしれない。と思いついた。4/29
登場する人物/団体/土地/宗教はすべてフィクション。
=トム・ヨークとは=
孤高のミュージシャン。人がいい。実在の同名の人物とは無関係。
植民惑星で二万三〇〇〇年過ごした。
トムは、高度に発展した文明を作り上げたニワトリたちのユートピア惑星でしばらくぼーっとしていた。五十三個の恒星が経巡る中、ニワトリは人権宣言を採択し、それから生きとし生けるもののみならず無生物までにすべてに平等な権利を発令した。素晴らしいニワトリ世界であった。ニワトリたちは合唱しながら芽キャベツを育て、歴史を記録し、卵を産み、合唱し終えるといっせいに眠った。
トムはあまりにもやることがなかったため、やはり地球に帰ろうと決めた。ニワトリの長老は言った。「地球は我々にとっても母なる惑星ではありますが、人類でいっぱいでしょう。堕落し途方に暮れ、互いに軽蔑し食いあい、有毒物質と有毒概念に充ち満ちた、未来の短い人類などの住まう星より、私たちと楽しく暮らしましょう」
ニワトリ五十三羽がフォーメーションを組んで、巨大な飛行機の形になり、黄緑色の空を滑空していった。クリーンエネルギーの飛行機である。
ニワトリたちは懇願したが、トムの決意は固かった。
名残を惜しむニワトリたちに見送られ時空位相機に乗り、ギターを握りしめて星からの帰還をした。
難波江の短き葦の節の間のテトラポットにガンガンぶつかりながら、トムは海岸に漂着した。海岸で気を失っていると、アジア人の女たちが集まってきてトムを取り囲んだ。「トム・ヨークはんやわー」「いやーほんまやー。何やっとうの?」「かっこええわあ」
トムがアリガトとか言おうかと思っていると、
街の長老がやってきて女の子たちを追い払った。
漂流物のトムは住民に拾われヒルコ神社に祭られた。
海上から来た「まれびと」(客人)のトムは、海の彼方から、たくさんの幸福を運んできたのだと考えられた。
お正月が過ぎて数日後、境内ではトムの市の祭りの準備がなされた。狛犬のとなりに、高さ二メートルほどの木製の台が作られ、てっぺんの台座には金泊を混ぜた和紙が敷かれた。禊をした神官たちによって、トムはそれは丁重に、台座に横たわらされた。
太鼓が鳴った。
着飾った参拝客が家族友人カップル連れだって、どっと押し寄せた。みんながトムのいる台を取り囲み、酒を供え、トムに小銭を貼りつけた。何故、参拝客はトムに賽銭を貼り、酒を供えるのか。トムが海の向こうに帰ったのち、他のまれびとや魚や黄金を積んだ船に、上機嫌でこう伝えることが期待されているのである。……この街でこんなにいい目にあったから、君たちもどんどん行って、イカナゴの釘煮や明石の昼網に掛かってタコの刺身になったりしたまえ。
一応ギターも供えられていた。世界が終わる日にも浜辺に立ってギターを弾きたいと歌ったことはあったが、こういう状況は考えたことがなかった。振袖姿の娘さんや羽織袴の商店主たちが商売繁盛を願ってトムにどんどん小銭を貼りつけるのだった。トムは小銭を貼られながら、貼った人の商売繁盛を願った。トムの全身は十円玉や五円玉で何層にも覆われた。
金魚掬いをした少女が、黒い大きな出眼金を掬ったら、金魚掬い屋台のおじさんは、「じょうちゃん、赤いほうがええんやないか」と言い、お持ち帰り用ビニール袋に赤い小さな金魚を入れて少女に渡した。少女は何か納得できなかったけれど、何も言い返せなかった。トムは少女に勇気を持つようにと願った。屋台のおじさんと金魚の幸福を願った。
お祭りの帰りに、少女は、金魚は広いところで泳いだ方が幸せかもしれないと思って、テトラポッドから海に投げこんだ。
夜になり、人出はますます激しくなった。境内にはぐるりと電線が回され提灯が灯された。そこは非現実のハレの世界に変わった。グローバル化の進む世界のヒルコ神社であった。仮設のプレハブ小屋では、清楚なメスティーソの美少女たちが朱色の袴を穿いて、頭頂に花飾りをつけ、笑いさざめきながら、おみくじを売っていた。
六十七番 大吉 黄金ます山より海よりヒルコかな(ユー・ウィル・ビー・ベリー・リッチ・アンド・ハッピー)
絵馬にはアラビア文字が躍り、ギターを抱えたマリアッチが情熱的に硬い弦を叩いて愛の歌を歌いあげ、トムの市に合わせ結婚式を挙げるカップルを祝福した。金襴緞子の帯を締め、真っ赤な口紅と初めてのお歯黒を塗った可愛い花嫁の手を取って、幸せ者の花婿が指輪を嵌める。新婚の二人は小銭まみれのトムの祭壇の前に立ち、マリアッチと巫女さんに囲まれ、みんな笑顔で記念写真を撮った。特設リングではプロレスが始まり、ロバート・ロドリゲスが映画の撮影をしている。参道の横の池では海豚が輪くぐりをして、キュキューと鳴き、観衆は緋毛氈を敷いた長椅子に座って茹で卵を食べながら拍手をした。ワンちゃんサーカスとお化け屋敷と皿回しとジャグリング芸人と溢れるほどのお笑い芸人が出てきて新年のトムの市を言祝いだ。
「幸せにしてください、まれびとのトム様」とみんな願った。冬の夜空には月が玲瓏と輝き、白木の柱に吊された提灯が黄色く輝く。境内の暗い木々の枝枝に、桜と梅と薔薇と椿がいっせいに開花した。
イワン・カラマーゾフが歩きながら茹で卵を囓り、弟のアリョーシャに陽気に言った。「さあ、あっぱれな苦行僧のアリョーシャ・カラマーゾフ君! 見てくれよ、この幸福を求める人々を!」
「可哀相な兄さん! 文化相対主義という言葉をご存じないのですか」
「一六世紀、イスパニアのセビリアに『あのお方』が現れたけれど大審問官は、大多数の人間は、あなたがくださった自由などには耐えられないと追い払った。それは正解だったんだよ! 自由より幸福! 僕も謹んで神様に入場券を突き返したいとつねづね思っているんだよ!」「それは駄目です! 反逆です!」アリョーシャは困惑しながら、和紙が掛け回された台の上に、ちょうど揚げたての天ぷらが和紙に載っているかのように載っている、小銭を甲冑のように身につけた、人間に似た形の偶像を見上げた。
異教の偶像は変に見える。トムの市とソドムの市は似ている。
イワンとアリョーシャは茹で卵を食べ終えると、トムに近づいてきた。イワンはポケットをさぐり、紙切れを取り出すと、言った。「ほら、お返ししますよ!」そうしてトムの小銭まみれの体に、イワン用の『この世の入場券』を貼った。貼った途端に、衛生博覧会会場を突き抜け、サーカス団から逃げてきたらしい、プラスティックの花飾りをびらびらつけた馬が激烈に走り込んできて、イワンと激突した。イワン・カラマーゾフは即死した。
トムに貼られた小銭もインターナショナルだった。懐かしいポンドの紙幣もあったが、トムは小銭の重さに息も絶え絶えだった。トムの横に背の高い威厳のある老女が立っていた、彼女はトムのほとんど小銭埋もれた首に小さな布きれを巻いた。これはあなたに引き継ぎます、と穏やかに老女は言った。
赤糸で『A』の字が見事に刺繍されていた。言うまでもなく、Aはアーティストの略である。『カラマーゾフの兄弟』ネタかと思わせて『緋文字』である。老いたヘスター・プリンは言った。「あの巫女たちの冠の花飾りも私が作ったのです。ですが私に出来るのはささやかな手仕事だけです」トムは久しぶりに会話が出来ることに喜びながら、答えた。「花飾りはとてもきれいです。どうかそんなに謙遜なさらないでください」トムは二万三〇二〇年ほど前、大学で、他のアーティストを敬うことを学んでいた。
「いいえ。あなたのほうがアーティストの名にふさわしい」老女は『A』の烙印を刺繍した布をトムに渡すと、いなくなっていた。
トムが寝ていたのは祭壇ではなく、晒し台だった。アーティストだろうと漂流神だろうとどうでもいいけれど、つうかほとんど寝てるだけじゃんかよ。こんなのでいいのかよ、とトムは思った。ストーリーないじゃん。
トムの体は二万三〇〇〇年の他星での暮らしによって変化しており、剥がれた皮膚の細胞が小銭の金属成分と融合して、近隣に抗鬱剤の成分をまき散らしていたため本当に幸福効果を発していた。けたたましいマリアッチの歌、そしてプロレスも戦隊ショーもすべての芸能は、何もかも、よく考えるとこの境内で祭られている有り難き存在=すなわち、ここに寝ているトムに捧げられているのである。芸能が芸術家に捧げられるとは一体何であろうか。僕に神の代役をやれと言うことであろうか? 自由の代わりに幸福を、みんなが僕にひれ伏すように、喜んでひれ伏せと言わなければこの人たちは幸福になれないのだろうか。現代ではロックコンサートはしばしば官能と高揚のための儀式であることが期待される。一番効果的なのは会場でなるべく残虐に殺されることだ。トムはそんな役割はやりたくなかった。トムがピアノに向かうのは、一夜の興奮の刺激剤を作るためではない。
トム、うたって、トム。わたしがどうすればよいか、うたって。
トムはパラノイド・アンドロイドのための神学大系を作ることを考えた。じゃなくて単にお祭りが楽しいだけなんだろうか。というか、このお祭りが終わったら、祭られていたトムはどうなるんだろうか。神殺し、神狩りであろうか。活け作りとか、腹を割いて内臓占い。
参道を、一団と華やかで、厳かな行列が歩いてきた。先頭は軍楽隊で、ドラムとクラリオンが重々しく鳴らされた。マリアッチたちは気圧されたようにギターを弾きまくるのを止めた。甲冑姿の軍楽隊に続くのは権威ある文官たちである。地味な色の服だが、市長や判事の手袋には繊細な飾り刺繍が入っている、行列はトムの前を横切り、トムの前で止まった。若いが誰よりも敬虔で学識豊かで憂鬱に満ちたアーサー・ディムズデール牧師が立派な説教をした。人々はこの牧師を敬愛していたが、今日は何かしら不吉なものを感じた。牧師は病がひどくなり、ロジャー・チリングワース医師と一緒に住んで看病してもらっていた。
やっぱり、ディムズデール牧師は行列を抜け、トムのほうにふらふらやって来た。トムの小銭を掻き分け、晒し台によじ登り、トムの上半身を抱え起こすと混乱した様子で囁いた。「確かに私たちは罪を犯した、かつて、この関係にはどこかしら神聖なところがあるとさえ思ったとは何という罪であろうか」トムの肩を抱いて牧師は観衆に叫んだ。「みなさん! 私は」
ああ、こんな不敬なことがあるのだろうか。イワン・カラマーゾフとアリョーシャ・カラマーゾフの兄弟やおいはいかにもありそうだが、ロジャー・チリングワース医師とディムズデール牧師のやおいを書く人はいるのであろうか。
祭りは終わった。
翌朝、晒し台から降りたトムはもらった小銭を、道で出会った人に分け与えながら、どこかに歩いていった。荒野に修行に行ったという人もあれば、天国に召されたのだという人もいる。マリアナ海溝で魚たちを集め、明石の昼網にかかるよう、説得しているのだろうか。
胸に『アーティスト』マークの布を下げていたかどうかは、私は目撃していないので知らない。
ギターは持って帰ったらしいです。
↓昔書いたトム小話
http://masejunko.net/tyork.html
