みんなのおともだち

トム・ヨーク命懸けの時間だよ


この「レディオヘッドのトム・ヨーク」シリーズは、「レディオヘッドのトム・ヨーク」という言葉のみを発想の基盤とし、書かれたものです。実在するバンドとしてのレディオヘッドや実際のトム・ヨーク氏とは何の関係もありません。
シリーズの初めはほとんど「自動筆記」状態で作られていますが、回を重ねるに従って、段々と「お話」の体裁をとっていくのが見所といえば見所でしょうか。
「カメムシラーメン」から「マントル」までは多分2002年,2003年ごろに書きました。「植民惑星の娯楽委員」は2007年に書きました。 「トムの市」「トムのマナ分配工場」「『行け! トムロボット』頑張れトムロボット」は2008年。

カメムシラーメン篇 + オーケー・コンピューター篇 + subterranean homesick alian + パラノイド・アンドロイド・イン・リンボー + 飯場、団地、工場 + 道道909号線 + hail to the thief + 病気のペットのカリスマ + 病気のペットのカリスマ2 don't believe the poet,he is an only thief. + 病気のペットのカリスマ3 人間の条件 + カウンセリング・バー「マントル」 + 植民惑星の娯楽委員 + トムの市(祝祭感) + トムのマナ分配工場 + 『行け! トムロボット』頑張れトムロボット

カメムシラーメン篇

あるところにトム・ヨークがいました。
トム・ヨークの頭は電波を受信しました。
電波は、トム・ヨークに音楽とラーメンとカメムシを送ってきました。
さあ、トム・ヨークは三つのうち何を取るでしょうか。
いや結局ね、カメムシラーメンを食いつつ音楽を聴いたんだが、
その音楽は、金がなくなったテレヴィジョンが電波つながりどうしで、
送ってきたもんで、曲は
あの名盤「マーキームーン」の「フリクション」だったわけだが
それは、テレヴィジョンのメンバーが金がなくなったときにした
来日公演のもので、彼らは過去の栄光を日本で金にしてトム・ヴァーレインは
細く優雅になったフランケンシュタインの怪物のように居心地が悪そうだった。頑張れ詩を書け。そして「フリクション」の
イントロのあの痙攣的ギターのリフレインを思いっきり間違えたりした。
トム・ヨークはカメムシラーメンを食いながらちょっと失望した。
この電波は月から来るのかなー月の女王様が出てくると強制労働とかさせられて いやだなーと思っていたら、来たのは、テレヴィジョンの後継者とも言える
バンド「LUNA」だったりしたのでちょっとほっとしたが、
LUNAのメンバーは何故四人のうち二人がスキンヘッズなんだろうと少し考えた。
LUNAのヴォーカルが前にやっていたバンド、ギャラクシー500の、
残りの人たちが始めた「デーモン&ナオミ」も来日公演するらしい。
おかしい、どうして僕は日本のことを考えているのだろう。とトム・ヨークは思った。
それはワールドカップのせいかもしれないが、
この文章が日本語で書かれているからかもしれない。
トム・ヨークはギターなんて誰でも弾けるけど俺はジム・モリソンになりたいし、
世界の終わりの日にもバンドの仲間たちとギターを持って浜辺に立ちつくすつもりだった。
そして縁側の雑巾がけをしました。いいやつなんだよな、トム・ヨークは。

【top】

オーケー・コンピューター篇

レディオヘッドのトム・ヨークは私の友達です。
トムは、ビールを飲んだりカメムシを食べたりします。
たまには君、ギターでも弾いてくれたまえと頼むと
恥ずかしそうに僕はジム・モリソンになりたいんだ
といいます。ジム・モリソンフィギュアも持ってるんだよ。
だけど僕のフィギュアは出ないね。それとも海洋堂で企画中かな?
中国の工員が色を塗るんだね。そしてその間、トムは
弁当工場で働くんだよ。弁当工場のラインでは、
スパゲッティをいれるのが仲々難しいんだ。なにしろ僕は芸術家だしな。
no! そんなことは言わない。ただ僕はバンドをやりたいだけなんだ!!
そう、僕はただロックを自分の感じるままに歌いたいんだ……。
君は僕に陳腐なことを言わせて楽しんでるね。君は僕の友達じゃなかったのかい。
本当は君はトムならう゛ぁーれいんのほうがいいとか思っているね。
というより僕の顔すら知らなく、ちょっとネット検索するほどの興味すらないんだね。
サッカー選手のほうが好きなんだね。サッカーは僕もやったけど、
あとは紅茶を飲みながら暖炉の側でミステリー小説を読むのが英国人だ。
でさー食玩としてトム・ヨークフィギュアがギターつきで
ダイエーで売り出されたらアナタ買いますか。ベッカムが銅像になるなら
私の友達のトム・ヨークは言います。いや、ベッカムとなら道で会ったことがあるよ。
れでぃんぐふぇすてぃばるでスパイスガールズと競演だっだし。
そして毎日、山羊に埋もれながらいいます。
オーケーコンピューター。

【top】

subterranean homesick alian

星の王子様がバオバブの木に小さな星を占領されて、寂しい宇宙をさまよって、地球にやってきたことはご存じですね。
まあやつはレディオヘッドのトム・ヨークなんだが、不時着したのは東中野の銀行の横の路地だった。トム・ヨークは地球の大部分が、貨幣経済とかいうものに支配されていることは知っていた。そして、自分の持ち物で貨幣と交換できるのは何だろうと思って銀行員に訊いてみた。
銀行員はとりあえずバオバブの木つきで星を買い取ってくれたが、 星表面の延べ面積が30坪しかない。しかし別に建築法のくくりがないから、銀行員は星に500階建てのビルも建てられることに気づいた。
でも銀行員は、酸素がないから一坪500円だね、と言った。バオバブの木は割り箸にするから4050円で買おうと言った。銀行員はそうしてトム・ヨークに19050円支払った。銀行員はふと気づいて、星をヤフオクに出品し、天文マニアに650万円で転売した。天文マニアは望遠鏡を覗きながら、あれは自分の星だと毎晩空を見てほくそえんだ。
トム・ヨークは19050円握りしめてギターを買い、泣きそうな歌を歌った。トム・ヨークは高円寺の駅前で弾き語りをした。誰も聞いてくれなかった。すぐ隣で弾き語りしているストリートミュージシャンは、尾崎豊の曲のコピーをうっとりしていた。どうして自分の歌を歌わないんだとトム・ヨークは尾崎豊コピーに詰め寄った。尾崎豊コピーは尾崎こそが俺の歌なんだと言った。そしてトム・ヨークは地球は尾崎豊で溢れていることを知った。トム・ヨークのストリートミュージシャン活動はどんどん中央線を下っていき、武蔵境から高尾まで辿り着き、ヤンキーにボコボコにされた。レディオヘッドのトム・ヨークで星の王子様だということが反感を買ったらしかった。
トム・ヨークはさらに中央線に乗り、塩山に行って温泉に入ったが猫舌だった。そしてブドウもぎのバイトをした。温泉の成分が悪かったのか、ギターの弦は錆びついてぼろぼろに腐ってきた。ギターを掻き鳴らすたびにトム・ヨークの指からは血が流れた。ブドウ農園経営者の夫婦が、上手だねえと言ってトム・ヨークの「subterranean homesick alian」を聞いてくれたが、それはお世辞だということはよくわかっていた。大体塩山には地下がないからsubterranean(地下生活者)の意味/情感が多分伝わってないだろう。ブドウ農園の夫婦はテレビでNHKの歌謡ステージを見た後、「現代農業」を読んで寝てしまった。ブドウの収穫はもう終わりだった。
トム・ヨークはギターを手に、路上をフラフラ歩いた。塩山の空に月が出た。あんたの曲聞くくらいなら「ハウス・オブ・ラブ」聞いてたほうがいいわよと月の女王様がトム・ヨークのラジオの頭に言った。「ABCのLOOK OF LOVE」聞いてたほうがいいわよ。
ブリジット・フォンテーンの「ラジオのように」が、ラジオつながりでトム・ヨークの頭に受信された。
トム・ヨークは悲しくなり、ガードレールをガンガン蹴った。そこは某教の支部の前で、信者の女性が出てきたが、手かざしもしてくれずトム・ヨークの脇をそそくさと歩き去った。
夜の闇に白い犬が現れた。それはトム・ヨークの美しい心が白い犬という形で結晶したのだった。犬はきゅーんきゅーんと鳴きながら、トム・ヨークに鼻をすりつけた。いや僕はもうだめだ、とトム・ヨークは犬に言った。トム・ヨークのギターの弦は六本とも腐って切れてしまった。僕は飛行機に乗って空に消えたい、トム・ヨークはパラノイド・アンドロイドとして生きたい。元々星の王子様であって人間じゃないからな、ヨダカはとても醜い鳥でした。そしてヨダカはどこまでもどこまでも垂直に、宇宙の真空を目指して飛んでいきました。
でもトム・ヨークの星は、「またそんなに無駄なお金を使って!」と奥さんに怒られた天文マニアが転売し、宇宙観光地になり弁当工場が建設されて工場ではラジオから一日中、尾崎豊の歌が流れていた。

【top】

パラノイド・アンドロイド・イン・リンボー

まあそんなわけで西暦2078年、トム・ヨークはパラノイド・アンドロイドとして売り出された。レディオヘッドのトム・ヨークだよ! それ以外にどこにトム・ヨークがいるんだよ。
パラノイド・アンドロイドのトム・ヨーク5189号は、小金を儲けたPJハーヴェイに買われた。
トム・ヨークを買うには性格検査を受けなければならない。何故なら、パラノイド・アンドロイドを虐待するのが流行っていたからだ。
心理検査は脊髄液を取って解析するんだが、普段の状態では間違いなく買う許可が下りないとわかっていたPJは、まず人格改造セミナーに行って、「明るく前向きに生きるわ! 世界は素晴らしい! 私はこの世に必要とされているわ!」とか街頭で叫んだ。
そしてPJハーヴェイは、めでたくトム・ヨークを買って、性格はすぐ元に戻った。
トム・ヨークは毎日庭の草むしりをして山羊に餌をやった。PJの金色のパンプスを、光り輝くまで磨き続けた。
時々、PJはトム・ヨークに訊いた。「あたしとモー娘。とどっちがいい?」
トム・ヨークはパラノイド・アンドロイドだったのでプログラムされた通り、ご主人様ですと答えた。
「あんたはウソを言ってるのよ。世界中の全ての男はモー娘。が好きなのよ」
そしてPJは歌を作り、夜明けの荒野で歌い出した。トム・ヨークは一緒に合唱した。パラノイド・アンドロイドはご主人様はどうしたらシアワセになるのだろうと考え続けていた。ご主人様は金魚鉢の中に閉じこめられたように孤独なのだ。トム・ヨークは本当にご主人様に忠実なのに人間型なので山羊より信用されなかった。
パラノイド・アンドロイドのくせに何考えてるのとPJに訊かれた。
「飢えている子供たちを救いましょう」と答えると、 PJは皿とギターを投げつけ、ディストーションとイコライザーが叩き壊された。
4トラックミキサーが当たり、パラノイド・アンドロイドのトム・ヨークの額から合成血液が流れた。PJはトム・ヨークの合成血液を見て、ごめんねごめんねと言った。優しく傷の手当てをしてくれた。そうして二人でまた合唱した。
荒野でギターが燃えていた。次に燃やされるのはトム・ヨークかもしれない。犠牲の山羊の皮を被って洞窟で首を振って踊れと命令されたトム・ヨークはとても困った。
どうして僕は、ルトガー・ハウアーと一緒に、冥王星で鉱山の掘削をしていないのだろう。

【top】

飯場、団地、工場

レディオヘッドのトム・ヨークが北海フェリーの沈没により、イカやコンブとともに海の底を漂っていると、潜水艦の黄色い破片が見えた。
それはビートルズの亡霊で、ビートルズもストーンズも、もう21世紀なのだから消えてくれ、と、トム・ヨークは願った。
ロックンロールの墓場に行くと、若きデヴィッド・ボウイの亡霊が化粧をして、『ロックンロール・スーイサイド』を歌っていた。過去の過剰な美化・耽溺は退廃だとトム・ヨークは思った。ノスタルジーなんて最低だ。
そう思った途端、
民族楽器が打ち鳴らされ、トランス音楽が掛けられ、100万人の人々がベルリンの街で踊っていた。ラヴ・パレードの真っ最中だった。
トム・ヨークは熱狂する若者たちにもみくちゃにされた。
ベルリンの壁はもうないんだ、とトム・ヨークは思った。踊っている人たちは、陶酔することだけが目的なのだ。トム・ヨークはゴア・トランスのリズムに合わせて軽く首を振ってみたが、なんとなく物足りなかった。精神は醒めきっていた。
「おっさん邪魔だよ」「踊らないやつは出て行け」とハッピーな人々に肘打ちをくらい、ウンター・デン・リンデンの街路に倒れて鼻血が出たのをTシャツで拭った。
みんなどこに行くのだろう、とトム・ヨークは思った。みんなもう何も考えたくないのかな、消滅したいのかな。
「あ! レディオヘッドのトム・ヨークだ!」一人のドイツ人の少年が叫び、トム・ヨークは町中をファンたちに追い回され、髪の毛を引き抜かれたりした。「イディオテークを歌ってよ!」少女たちの嬌声と少年たちの怒声が、地面を揺らす四つ打ちのバスドラムの音とともにベルリンの地面を振動させた。東西が対立していたころ、ベルリンの壁を越えようとして失敗し、射殺された人々が、ベルリン天使の歌を歌った。
ファンたちは飢えたようにトム・ヨークに啓示を求めた。「僕はほんとうに君たちを助けたいと思っているんだけど……」トム・ヨークは言った。「だけど、君たちが何を望んでいるのか、僕にはまったくわからないんだ」
誰もトム・ヨークの言葉を聞かなかった。みんながトム・ヨークを裏切り者とののしった。
トム・ヨークは髪の毛とヒゲをむしられながら、Unter den Lindenを逃げた。一軒の店の扉を開けるとトルコ移民の喫茶店だった。そこはとても静かで、トム・ヨークはトルココーヒーを飲みながらトルコ製綿菓子を食った。店主は、全世界のヘーゼルナッツの70パーセントはトルコ産だと話した。
再びラヴ・パレードの一団がなだれ込んできた。「外国人は出て行け(アウスレンダー・アウス)」とネオナチが叫んだ。「四年後にはワールドカップがあるからな」と世界一のゴールキーパー/ドイツの英雄/あだ名はゴリラのオリヴァー・カーンがネオナチをなだめた。バナナが投げられた。
人々は去っていった。店は破壊され、ゴミがたくさん捨てられた。煙草の吸い殻、注射器、片一方の靴下、使用済みコンドーム、食玩、藁クズ。トム・ヨークは、炭酸カルシウムのゴミ袋にゴミを入れて回った。トム・ヨークはゴミ袋とともにバスに乗り、ロックンロールの墓場を埋め立てに行った。飯場と団地と工場を通過し、広大な埋め立て地を通り過ぎる。
背の高いキリンの群が、無人の人工島をゆっくり移動していった。

【top】

道道909号線

トム・ヨークは北海道の天塩から宗谷岬に向かって、道道909号線を自転車で走っていた。道道909号線は日本海沿いにあって、内陸部はサロベツ原野だった。道道にはほとんど人気がない。海から霧が立ち上っていた。時々ライダーが走ってきて、トム・ヨークにピースサインを送った。もう雪が降り出すころだ。ツーリングのライダーももうすぐいなくなる。
トム・ヨークは毎日、国立公園の駐車場で一人用テントを張って眠った。毎日夢をノートに書き付けたがそんなことには大した意味はない。夢は、初来日時、名古屋のパルコの上にあるクラブ・クワトロでライブをした時のものだった。そこで、トムは自分の持ち歌を歌うつもりが気づくと全部「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」に変わってしまう。すべてのロックの精霊がトム・ヨークを攻撃していた。とりあえずトム・ヨークはロックの精霊に監視されていた。
トム・ヨークは自転車を漕ぐのに疲れた。一休みして、日本海の砂浜に降りた。頭を囓り取られた水棲哺乳類の死骸が打ち上げられていた。トム・ヨークは死骸が虫にたかられているところを座り込んで眺めた。
海から人魚は来ない。ロックの精霊が海から現れ、サイレンのように歌うのかと思ったらただの霧だった。可愛い白い犬も来ない。もう何にも来ない。海から打ち上げられるのは、頭のない魚の死体だけだ。トム・ヨークは思う。僕の旅はいつまで続くのだろう。それとも海に潜るべきなのか。潜ればもうトム・ヨークではなくなりトム・ヨークはただのアザラシになりアリューシャン列島に流れ着き狩猟の期間に殺される。宗谷岬がどこにあるのかわからなくなった。自転車はまだあるのでとにかくそれに乗っていこうとトム・ヨークは決める。

【top】

hail to the thief

レディオヘッドの新譜買ったよ!

アンビエントな曲でトム・ヨークは壁の毛虫のように呟き続けた。
トム・ヨークは焼鳥屋に行き
友達に鬱病治療をしたほうがいいか相談した。
トム・ヨークの友達の小鳥たちは、
炭火で焼かれながら、歌った。

おお誠実なる王子よ、道を探す者よ
御身鬱病たらんと欲っするも
欲望は身を焦がし焼鳥屋をいずるも
外は延々と広がるラブホテル街
トム・ヨークは小鳥たちを引き連れ
ラブホテルの一室に入り
瞑想を続けた
瞑想する横で小さな虫たちが
トム・ヨークのパスポートやクレジットカード等
一切の持ち物を持ち去った。
トム・ヨークはラブホテル街が
大きな濁流に呑み込まれるまで
河の側で瞑想を続けた

ラブホテルだからといってセックスのことなど 持ち出すな。
失礼じゃないか。
俺はトム・ヨークでエロはやらん。

つーか変拍子が聞きづらいな。
慣れの問題かよ。
1曲目、とってもドラマティックですね。

【top】

病気のペットのカリスマ

『流行車に乗っている病気のペットのカリスマ』

というのは、blurのギターのグレアムを元the auteursのルーク・ヘインズが罵倒した言葉であるが、グレアムというとはみだしっ子のグレアムしか浮かばないのであり、病気のペットのカリスマとしてはトムのほうがふさわしいと思う。

病気のペットのミニブタタンが寝ていると、
トムは泣きながらミニブタの飼い主のスミスさんのお宅を訪問した。
スミス夫人が「一週間前から寝たきりなんですよ」と言った。
スミス氏は「ポークハムにして食ってしまえ」と言った。
トムはミートイズマーダーです。と答えた。
スミス氏はトムの真摯な態度に打たれて
「すみません、取り乱しておりまして。それに病気の肉を食べるとこちらも病気が移りますな」
トムとスミス夫妻が玄関で社交辞令会話をしている間に
奥の居間にいたミニブタタンは死んでしまった。
「病気が移って一緒に死ぬのも愛かもしれません」
トムはミニブタを解体し、三人は一緒に手作りソーセージを作って 中にバジルやパセリを入れた。
とても楽しい晩餐会の一時で
スミス夫妻はトムを愛していたので愉快にギネスビールを傾けながら語り合った。
「トム、うちの養子になりませんか」
「いえ僕は30歳を越えていますし実は妻子もいるらしいのですが」
「ではミニブタタンの代わりにうちのペットになってください」
ペットになるのかとトムは思った。
「もちろん、コンサートの時は外出していいのよ。わたしたちもついていきますけどね」
「鎖はいつもつけておくよ。かわいい首輪と引き綱を買ってあげよう」
リーズ大学講堂のライブで、引き綱を持ってにっこり笑ったスミス氏スミス夫人に左右から繋がれたトムが見られた。聴衆は新手の演出だと思った。
スミス氏とスミス夫人はずっとにこにこ笑っているだけで、トムがうまく歌うと拍手をして「いい子ね、トム」「トム、お座りは?」「ご褒美よ」とか言って犬用のガムを与えた。
その時病気のミニブタタンの病気がトムに回ってきた。
トムは倒れて救急車で運ばれた。スミス氏とスミス夫妻が心配で心をいっぱいにして救急車に一緒に乗った。「先生、トムを助けてください。大事な家族の一員なんです」
救急救命士は「よく見るとペットじゃないか。この救急車は人間専用なんだよ」
トムは道に放り出された。スミス氏とスミス夫人も一緒に降りようとしたが、彼らはやはり突然トムと同じように発病したので、 そのまま救急車で病院に連れて行かれた。
トムは夜の道ばたで病気で、たいへん可哀相だった。

【top】

病気のペットのカリスマ2 don't believe the poet,he is an only thief.

ex病気のペットのカリスマのトムは
夜の道の路肩で、病気で倒れていた。
車がぶんぶん通り過ぎていったが、トムはただの死にかけの捨てられたペットだったから、運転手たちにとって(彼らのほとんどは優しい親切な人たちだったのが)、トムは不可視だった。
トムは過去を思い出した。色々なことをしようとしたけれど、ブレア首相に抗議の手紙も書いたけれど、何か役に立ったのだろうか。
たくさんのティーンエイジャーが両親の寝静まった後、狭いベッドルームでヘッドフォンから聞こえるトムの歌に涙した。
彼らを騙しただけじゃないのかとか思った。
そう
彼らが適応するための邪魔になっただけではないのか。
それでも構わないとトムは覚悟して、陰惨な歌をつくり、世界がいかに醜悪か示し、トムの後継者たち、若いfuture generationが、困惑と打撃の金魚鉢から立ち上がって、海外ボランティアに行って結局何もできないどころか間違った援助をして余計に混乱がひどくなって人がたくさん殺されたり、その責任は決して取りようがないけれど、まあそんなもんだし。
結局トム自身が直接目にした自分の影響の成果は、自分のバンドの名前の入ったTシャツとトムをモデルにしたやおい小説だけであり、誰かが書いた自分のやおい小説で、他の誰かが一瞬楽しい気持ちになっただけでも良かったのかな。
でもあの小説はひどかったよ。

そんなことよりトムの体は病気で、少しずつ分解されていくのを感じる。細胞がどんどん剥離していくのでとても寒い。
段々何もかもどうでも良くなってくるしアライグマやリスが元病気のペットのカリスマだった自分を慕ってやってくるけれど病気が移るから来ないほうがいいよとトムは言った。
分解された細胞が路肩の草むらに散らばり始めていた。細胞をカメムシが食べている。カメムシが死んでしまう。
それともカメムシには、僕の病気は移らないのかな。
車がびゅんびゅんと飛び去っていく。アレックス・コックスはタクシーに乗って天国に飛び去るシド・ヴィシャスの映画を撮っていたけれど、そんなことは決して起こらないのをトムは知っている。
大体あのタクシーのメーターはいくらなんだ?
運転手はどこから給料を貰ってるんだ?

【top】

病気のペットのカリスマ3 人間の条件

トムは脳味噌と脳髄が剥き出しになった姿で、剥離した細胞に埋もれ、 夜道に落ちていました。
このまま日が昇ったら干からびて死ぬのかなあとトムは思いました。 アライグマとリスとミニブタの霊が泣いています。
でもトムにはまだ「僕はー……」とか思う意識がありました。
バラバラになった細胞を再結合して 僕は生き延びるべきかもしれない。再び生き延びるといっても、 そんなことしても疲れるだけだなとトムは思った。トムは生きる理由を 探してみた。ねえよ。
じゃなくて、トムの新しいCDを待っている たくさんの人たちがいます。それから、トムのCDを作ったり売ったりすることで 生計を立てている人たちもいます。トムは人がいいので、その人たちの役に立たなければならない気がしました。
あー、それなら、ジャケットにレディオヘッドのトム・ヨーク作と書いて 沈黙を50分間いれておけばいいじゃん。でもそれはジョン・ケージのパクリだ。
脳髄だけでトムは考えます。再結合すべきなんだろうか。
細胞を接着し、人間の形に戻るべきなのだろうか。でも人間の形をしてたら人間なのか?
僕は人間だったが、先天的に目が悪く、子供の頃、通りすがりの他の子供たちに石を投げられ、それで自分はいったい人間なのか考えたりしたことを思い出した。でも、その疑問は、今思い出すと、 他愛ない気がする、何故か今のトムは自分が人間だと確信しており、そういう認識に至ったのは、障害を持つ他の人の存在を知り、 人間だとしか思えなかったからなのだろう。そこで自分は人間じゃないのかもとか考え続けるのは傲慢すぎる。
それだけだろうか。一体、自分は何で自分が人間だと確信してたんだろうな。
でも今は病気になった病気のペットのカリスマである。
バラバラになってから再結合するには根性がいる。
僕がカリスマだろうと、疲れるときは疲れるんだよバーカ。
僕が僕を再構成するためには、僕はどうすればいいのだろうか。
条件は色々あるけれど、何が何だかわからなくなってきたよ。 トム・E・ヨークというのが名前だ。Eは何の略だっけ。エリンギ?
Entschuldigung sie?
名前と脳髄と何の関係があるんだろう。あと自分を条件付けるものは 何なんだというと、もういいよどうでも。
夜道の草むらで虫が鳴いていて、耳がないくせにトムはそれを体感して、ちょっと気持ちいいなと思い、 まあ僕は音が好きなんだろうと思います。トムに残ったのはそれだけです。
とりあえず偽人間でいいから一般的な人類の形を作るよ。
人間の形になってみたが、細胞のところどころにカメムシが混じっている。

朝が来た。watch out the world behind us.

【top】

カウンセリング・バー「マントル」

-マントルとは-

地球内部の、地殻と核との間の層。地殻のすぐ下にあるモホロビチッチ不連続面から深さ二九〇〇キロまでの部分。体積は地球の約八二パーセントを占め、橄欖岩(かんらんがん)質の固体と推定される。(大辞泉)
 

わたしはまだマントル対流圏に留まっています。息苦しくなってきたので(マントルの中で酸素ボンベなしでいられるのは三分が限界です)目の前に浮いていたホストクラブ「マントル」2号店に入りました。
黄色い壁に囲まれた部屋には、黒い革のソファが点々と置かれていました。「いらっしゃいませマントル2号店へ」ホストが来てわたしににっこり笑いました。「レディオヘッドのトム・ヨークと申します」
他にお客はいません。わたしはこんな人に接客について貰っても困るなあと思いました。何を話せばいいのでしょうか。歌を歌ってもらえばいいのか。とりあえず煙草に火をつけてもらいました。マイルドセブンのパッケージのデザインが変わって何か変な感じですよとか適当な世間話をして、二人で不器用に笑いました。
「トム・ヨークさん、あなたは来週アメリカのどっかのロックフェスに出るんじゃないんですか。今ごろマントルにいていいんですか」
「ロックフェスに出るのはホログラムです」
トムは言いました。よく見ると細胞のところどころにカメムシが混じっています。
ボーイが抗鬱剤のカクテルを持ってきました。よく見るとここはホストクラブ「マントル」2号店ではなくカウンセリング・バー「マントル」178269号店でした。
トムは悲しそうです。わたしを抗鬱剤漬けのブタと思ってるのでしょうか。トムは言います。
「僕では不満なのですね。あなたの好きな元ジ・オトゥールズのルーク・ヘインズを呼んできましょうか」
「いえ、ルークは怖いからいいです」
「ああ、あんなに態度のでかいやつは珍しいですよ」
トムは寂しそうに笑いました。「カート・コバーンはどうですか。ジム・モリソンでも、ブライアン・ジョーンズでも、マーク・ボランでもイアン・カーティスでも誰とでも交代しますよ。何なら架空の人物でもオッケーです。ラスコーリニコフとか、ムイシュキン公爵とか。ドストエフスキーの小説はキャラが立ってるから実体化しやすいんですよ」
「どうしてそんなにスタッフが充実してるんですか」
「全部僕が化けるんです」
トムは着ぐるみとか特殊メイクとか色々あるんですと言いました。 「ここのスタッフは僕一人です。さっき線香花火とハイビスカスを挿した水色の抗鬱剤カクテルを運んできたボーイも僕です」
「でもそれではインチキではありませんか」
「インチキかなあ。どうでしょう。というかあなたも僕なのですが」
わたしはトム・ヨークだったそうです。わたしはカクテルを飲みました。マントル味です。
「わたしはトム・ヨークだったのですか」
「そうなんですが微妙に違います。トム・ヨークであり星の王子様でありモグラでありカメムシでミニブタであり猫ちゃんでありラスコーリニコフである僕と、月の女王様でありダメ女であり『わたし』であるあなたは永遠に性交することはありません」
わたしはそれは寂しいですねと言いました。そうですねとトムも言いました。
マントルが対流する音が雨の滴のように部屋に伝わってきます。
「これは仮想現実なんです」とトム・ヨークが言いました。
はあ、いきなりサイバーパンクSFですか。とわたしは思いました。
「仮想現実のシステムはどうなってるんですか。脳に何か刺激を与えたりするんですか」わたしは電極でも刺さってるのかなあと思って頭を触ってみました。でも仮想現実ならそのへんの『裏方部分』はカットされてるんじゃないでしょうか。
トムは言います。「言語の表象作用を利用した仮想現実装置です」
言語ネタのSFは好きでした。あんまり知らないのですが。川又千秋「幻詩狩り」とか山田正紀の「神狩り」とか滅茶苦茶面白かったですね。「バベル17」は読んでません。あと何があるかなあ。「自由」って言葉を政府が禁止しても人々は「何かそんなもの」を求めて戦う話があったですけど観念と言葉とどっちが先に立つのかわたしにはわかりません。
それはともかく、わたしはトムに言いました。
「仮想現実なら、欲しい物が仮想現実として実体化したりできるんですか。わたしはブライス人形のサンデーズベリーベストが欲しいんですが」
トムは黄色い短冊にボールペンで「ブライス サンデーズベリーベスト」と書いてわたしに渡しました。わたしはトムに抗議します。
「これはちょっとおかしいんじゃないですか。この部屋やあなたやわたしが仮想現実内で実体化しているのに、ブライス一匹だけ文字でしか表せないというのは仮想現実内での現実の水準が統一されていないということですよね」
トムは黄色い短冊に「ピンクのリップがちょっとアンニュイな表情を醸し出すブロンドのブライス」と書き足しました。トムは必死でその他にも色々形容詞を書き足していきましたが、本物のブライスが出現する気配はありません。トムが類語辞典を広げ、形容詞を書き続けている間に、わたしはカウンセリング・バーにあるだけの酒を飲むことにしました。

【top】

植民惑星の娯楽委員

−この話における「トム・ヨーク」とは、−
孤高のロック・ミュージシャン。人がいい。同名の実在の人物とは無関係。−

地球の人気ロックバンドを率いる、孤高のアーティストのトムのもとに、
植民惑星から仕事の依頼が来た。
植民惑星の移民団居住地で、娯楽委員の任について欲しいという要請だった。
困ったな、とトムは思った。
ロンドンの音楽スタジオで、トムの敵たち、トムの息子であってもおかしくない年齢の、過去のリサイクルを繰り返す凡庸なロック青少年たちが、トムが子供のころ聞いた、宇宙空間で遭難して宇宙空間をさまよう、しかし本当はジャンキーの
「トム少佐の歌」を歌い、トムを揶揄嘲弄した。
いや、トム少佐(major Tom)とトム(Thom)は、多分、綴りが違うのだが。
惑星開発委員会の使徒天使が現れ、大きな翼をはためかせ、痩せたロック青少年たちを蹴散らした。
植民惑星のB-57861地域の住人は全員トムの大ファンで、明日の輝かしい植民惑星の繁栄のための、苦しい労働の合間にトムの歌を聞きたがっているのだと言った。それがあなたの使命です。

自動運転のロケットに乗って、トムは一人で宇宙に飛び立った。宇宙空間は寒かった。
植民惑星の宇宙空港から宇宙服を着て外に出る。大気は二酸化炭素でいっぱいだった。駅から玉砂利を敷いた狭い道を歩いて、トムが担当地域のB-57861地域の基地に到着すると、強化プラスティックの透明防御壁の向こうで、植民者たちが
諸手を挙げたり泣きわめいたりしながらトムを歓迎した。
植民者たちは、この惑星の大気に合わせて人体改造を施され、全身に葉緑素が植えられ、光合成で生きていた。だからトムと、植民者たちとは、透明防御壁越しにしか会うことが出来なかった。
植民者は光合成をしながらペットボトルをリサイクルした土に芽キャベツの種を蒔いていた。胸から何本もチューブを伸ばし、チューブの一本一本は、各一羽づつのニワトリのクチバシにつながっていた。チューブから酸素が送り出され、ニワトリは酸素呼吸をした。植民者たちは、大体一人、七羽から八羽のニワトリをチューブの先にぶら下げていた。ニワトリが弱ると、彼らはニワトリのクチバシを口にくわえ、酸素を口移しで与えた。

この惑星には太陽が54個もあるのでいつでも昼だった。分厚い二酸化炭素の雲を通り抜けて太陽の光が薄く差していた。空は黄緑色だった。地球標準時で一日の労働が終わると、楽しい夕食と娯楽の時間だ。トムは、透明防御壁の向こうにいる宇宙移民たちに向け、ギターを弾いて持ち歌を歌った。トムの大ファンの移民たちは毎日感動し、さめざめと涙を流した。

トムだけが葉緑素を植えられず、人体改造もされず、移民たちが芽キャベツの収穫や箱詰めに行く間、強化ガラスの防御壁の三畳くらいの部屋の中で、つくねんと座って本日の出し物を考えた。そんな日々が続いた。
植民者たちは元はトムの大ファンだったのだが、みんな植民地生活に疲れてきた。ディズニーランドに行ったり、故郷の山河の中で墓参りに行ったりしたいのだ。当然だ。弱ってきたニワトリを抱き上げ、ニワトリのクチバシを、五秒ごとに口につっこみ酸素を送っているのである。空では54個の太陽がぐるぐる回り、空は黄緑からピンク色に変わり、ニワトリの産む卵には黄身が三つも四つもあった。トムは毎日、芽キャベツと目玉焼きを食べた。

植民者たちはトムの、繊細で陰鬱で高貴な音楽が理解できなくなっていった。
変拍子を使うと、植民者たちはぼーっとした顔をした。トムは胸が痛くなり、彼らの役に立とうとした。マッドネスとかポーグスとか、景気が良くて気を引き立てるような音楽を演奏した。植民者たちは少しだけ笑った。が、やがて、植民者たちは、テンポが110BPM、コードはAかCの二つでできた音楽にしか反応しなくなった。
隣の地区では、娯楽委員のバレリーナが、金色のトゥシューズの爪先に鉄アレイを仕込み、鍛え上げた見事な脚で、移民たちをガンガン蹴り殺したそうだ。
32回転のグラン・フェッテ・アントールナン。彼女は地球に強制送還された。
トムのところに別の地区の娯楽委員の吟遊詩人が来て、一緒に逃げようと言った。
「芸能民は共感可能な観客聴衆がいなくては存在しえないのだ。我々の現在の状態はどうだね、これは芸能ではない」
トムは静かに吟遊詩人の誘いを断った。吟遊詩人はトムを嘲る詩を作って去っていった。

トムはぼーっとした植民者たちの前で歌った。

ああ 
ぼくはトム・ヨーク 宇宙の戦士
放浪の
地球のみどりのおかに ちきゅうの長い午後に
 は 月の
無慈悲な夜の女王を 退治するのだった

適当に2コードで作ったこんな歌に、移民たちは葉緑素をぶるぶる揺すって笑った。
ロックは退屈なゴミ音楽かもしれないが、退屈なゴミであっても一応音楽であった。これは音楽なんだろうか。まあ芸術じゃねーよな。
鉛筆削り屑にもならない。トムは絶望的な気分になった。
これなら娯楽はラジオを置いておけばいいじゃないか。
「僕も彼らのように、人体改造をして葉緑素を細胞に植えて、酸素供給器にしてください」惑星間通信機に向かって、トムは惑星開発委員会に要望を述べた。「だめです」惑星開発委員会の返答はそんな感じだった。「あなたはあなたの娯楽委員としての任を全うしなさい」

移民たちは人間から芽キャベツに近づいてきて、時々、手のひらは葉っぱのようだった。ヨークシャーから移民に来た、ミズ・ローズマリー・フリードマンは透明防御壁越しに言った。

あなたのとてもとてもファンだったのよ あなたはずっと私を見ていて私に正しいことをするようにと ささやいていた
秘密を 
ニューアルバムを買うごとにコンサートに行くたびに 
あなたは私に秘密を送ってくれているのを感じていたわ 
学校に行っても 道を歩いていても ファーストフードショップで得体の知れない肉を焼いていても あなたは空から私を見ていたわね
それはもちろん私の思春期の思いこみにすぎないのだけれど
私は正しいことをしたわね そう言ってトム
そして私のためにうたって

トムはギターを取ってローズマリーのために、かつての持ち歌を歌おうとしたけれど、彼女はまた機械的にニワトリのクチバシに酸素を送る仕事を始めた。
トムは即興で、ローズマリーとニワトリの歌(コード進行・A→C→C→A)を歌った。何だこれ。ローズマリーはもう何もしゃべらなかった。ローズマリーの金髪はだんだん葉っぱになっていく。葉ボタンっぽかった。
トムは娯楽の時間が来るたびに、覚えているシェークスピアとかレイモンド・カーヴァーとかを暗唱しようとしたのだが、受けないのでハリーポッターにしようと思ったが読んでいなかった。
地球連邦からは時々譜面が届いた。
移民に聞かせると良い曲、植物の成長に良い曲。
トムはチェロでバッハをずっと弾き続けた。

2万3000年経った。
分厚い二酸化炭素の雲が晴れ、大気は酸素で満ちあふれていた。
地平線まで芽キャベツ畑が広がっていた。ニワトリたちが進化して、芽キャベツを鶏糞で固めた議事堂を造り、人権宣言を採択したりしていた。
ニワトリはトムに卵を分けてくれた。
殻を割ると小さな黄身がびっしり詰まっていた。頭がトムのニワトリもいた。
トムの生殖細胞を、卵に適当に混ぜたらしかった。(2007/12月)

【top】

トムの市(祝祭感)

登場する人物/団体/土地/宗教はすべてフィクション。
=トム・ヨークとは= 
孤高のミュージシャン。人がいい。実在の同名の人物とは無関係。
植民惑星で二万三〇〇〇年過ごした。


トムは、高度に発展した文明を作り上げたニワトリたちのユートピア惑星でしばらくぼーっとしていた。五十三個の恒星が経巡る中、ニワトリは人権宣言を採択し、それから生きとし生けるもののみならず無生物までにすべてに平等な権利を発令した。素晴らしいニワトリ世界であった。ニワトリたちは合唱しながら芽キャベツを育て、歴史を記録し、卵を産み、合唱し終えるといっせいに眠った。
トムはあまりにもやることがなかったため、やはり地球に帰ろうと決めた。ニワトリの長老は言った。「地球は我々にとっても母なる惑星ではありますが、人類でいっぱいでしょう。堕落し途方に暮れ、互いに軽蔑し食いあい、有毒物質と有毒概念に充ち満ちた、未来の短い人類などの住まう星より、私たちと楽しく暮らしましょう」
ニワトリ五十三羽がフォーメーションを組んで、巨大な飛行機の形になり、黄緑色の空を滑空していった。クリーンエネルギーの飛行機である。
ニワトリたちは懇願したが、トムの決意は固かった。
名残を惜しむニワトリたちに見送られ時空位相機に乗り、ギターを握りしめて星からの帰還をした。

難波江の短き葦の節の間のテトラポットにガンガンぶつかりながら、トムは海岸に漂着した。海岸で気を失っていると、アジア人の女たちが集まってきてトムを取り囲んだ。「トム・ヨークはんやわー」「いやーほんまやー。何やっとうの?」「かっこええわあ」
トムがアリガトとか言おうかと思っていると、
街の長老がやってきて女の子たちを追い払った。
漂流物のトムは住民に拾われヒルコ神社に祭られた。
海上から来た「まれびと」(客人)のトムは、海の彼方から、たくさんの幸福を運んできたのだと考えられた。

お正月が過ぎて数日後、境内ではトムの市の祭りの準備がなされた。狛犬のとなりに、高さ二メートルほどの木製の台が作られ、てっぺんの台座には金泊を混ぜた和紙が敷かれた。禊をした神官たちによって、トムはそれは丁重に、台座に横たわらされた。
太鼓が鳴った。
着飾った参拝客が家族友人カップル連れだって、どっと押し寄せた。みんながトムのいる台を取り囲み、酒を供え、トムに小銭を貼りつけた。何故、参拝客はトムに賽銭を貼り、酒を供えるのか。トムが海の向こうに帰ったのち、他のまれびとや魚や黄金を積んだ船に、上機嫌でこう伝えることが期待されているのである。……この街でこんなにいい目にあったから、君たちもどんどん行って、イカナゴの釘煮や明石の昼網に掛かってタコの刺身になったりしたまえ。
一応ギターも供えられていた。世界が終わる日にも浜辺に立ってギターを弾きたいと歌ったことはあったが、こういう状況は考えたことがなかった。振袖姿の娘さんや羽織袴の商店主たちが商売繁盛を願ってトムにどんどん小銭を貼りつけるのだった。トムは小銭を貼られながら、貼った人の商売繁盛を願った。トムの全身は十円玉や五円玉で何層にも覆われた。
金魚掬いをした少女が、黒い大きな出眼金を掬ったら、金魚掬い屋台のおじさんは、「じょうちゃん、赤いほうがええんやないか」と言い、お持ち帰り用ビニール袋に赤い小さな金魚を入れて少女に渡した。少女は何か納得できなかったけれど、何も言い返せなかった。トムは少女に勇気を持つようにと願った。屋台のおじさんと金魚の幸福を願った。
お祭りの帰りに、少女は、金魚は広いところで泳いだ方が幸せかもしれないと思って、テトラポッドから海に投げこんだ。
夜になり、人出はますます激しくなった。境内にはぐるりと電線が回され提灯が灯された。そこは非現実のハレの世界に変わった。グローバル化の進む世界のヒルコ神社であった。仮設のプレハブ小屋では、清楚なメスティーソの美少女たちが朱色の袴を穿いて、頭頂に花飾りをつけ、笑いさざめきながら、おみくじを売っていた。

六十七番 大吉 黄金ます山より海よりヒルコかな(ユー・ウィル・ビー・ベリー・リッチ・アンド・ハッピー)

絵馬にはアラビア文字が躍り、ギターを抱えたマリアッチが情熱的に硬い弦を叩いて愛の歌を歌いあげ、トムの市に合わせ結婚式を挙げるカップルを祝福した。金襴緞子の帯を締め、真っ赤な口紅と初めてのお歯黒を塗った可愛い花嫁の手を取って、幸せ者の花婿が指輪を嵌める。新婚の二人は小銭まみれのトムの祭壇の前に立ち、マリアッチと巫女さんに囲まれ、みんな笑顔で記念写真を撮った。特設リングではプロレスが始まり、ロバート・ロドリゲスが映画の撮影をしている。参道の横の池では海豚が輪くぐりをして、キュキューと鳴き、観衆は緋毛氈を敷いた長椅子に座って茹で卵を食べながら拍手をした。ワンちゃんサーカスとお化け屋敷と皿回しとジャグリング芸人と溢れるほどのお笑い芸人が出てきて新年のトムの市を言祝いだ。
「幸せにしてください、まれびとのトム様」とみんな願った。冬の夜空には月が玲瓏と輝き、白木の柱に吊された提灯が黄色く輝く。境内の暗い木々の枝枝に、桜と梅と薔薇と椿がいっせいに開花した。
イワン・カラマーゾフが歩きながら茹で卵を囓り、弟のアリョーシャに陽気に言った。「さあ、あっぱれな苦行僧のアリョーシャ・カラマーゾフ君! 見てくれよ、この幸福を求める人々を!」
「可哀相な兄さん! 文化相対主義という言葉をご存じないのですか」
「一六世紀、イスパニアのセビリアに『あのお方』が現れたけれど大審問官は、大多数の人間は、あなたがくださった自由などには耐えられないと追い払った。それは正解だったんだよ! 自由より幸福! 僕も謹んで神様に入場券を突き返したいとつねづね思っているんだよ!」「それは駄目です! 反逆です!」アリョーシャは困惑しながら、和紙が掛け回された台の上に、ちょうど揚げたての天ぷらが和紙に載っているかのように載っている、小銭を甲冑のように身につけた、人間に似た形の偶像を見上げた。
異教の偶像は変に見える。トムの市と
ソドムの市は似ている。
イワンとアリョーシャは茹で卵を食べ終えると、トムに近づいてきた。イワンはポケットをさぐり、紙切れを取り出すと、言った。「ほら、お返ししますよ!」そうしてトムの小銭まみれの体に、イワン用の『この世の入場券』を貼った。貼った途端に、衛生博覧会会場を突き抜け、サーカス団から逃げてきたらしい、プラスティックの花飾りをびらびらつけた馬が激烈に走り込んできて、イワンと激突した。イワン・カラマーゾフは即死した。
トムに貼られた小銭もインターナショナルだった。懐かしいポンドの紙幣もあったが、トムは小銭の重さに息も絶え絶えだった。トムの横に背の高い威厳のある老女が立っていた、彼女はトムのほとんど小銭埋もれた首に小さな布きれを巻いた。これはあなたに引き継ぎます、と穏やかに老女は言った。
赤糸で『A』の字が見事に刺繍されていた。言うまでもなく、Aはアーティストの略である。『カラマーゾフの兄弟』ネタかと思わせて『緋文字』である。老いたヘスター・プリンは言った。「あの巫女たちの冠の花飾りも私が作ったのです。ですが私に出来るのはささやかな手仕事だけです」トムは久しぶりに会話が出来ることに喜びながら、答えた。「花飾りはとてもきれいです。どうかそんなに謙遜なさらないでください」トムは二万三〇二〇年ほど前、大学で、他のアーティストを敬うことを学んでいた。
「いいえ。あなたのほうがアーティストの名にふさわしい」老女は『A』の烙印を刺繍した布をトムに渡すと、いなくなっていた。
トムが寝ていたのは祭壇ではなく、晒し台だった。アーティストだろうと漂流神だろうとどうでもいいけれど、つうかほとんど寝てるだけじゃんかよ。こんなのでいいのかよ、とトムは思った。ストーリーないじゃん。
トムの体は二万三〇〇〇年の他星での暮らしによって変化しており、剥がれた皮膚の細胞が小銭の金属成分と融合して、近隣に抗鬱剤の成分をまき散らしていたため本当に幸福効果を発していた。けたたましいマリアッチの歌、そしてプロレスも戦隊ショーもすべての芸能は、何もかも、よく考えるとこの境内で祭られている有り難き存在=すなわち、ここに寝ているトムに捧げられているのである。芸能が芸術家に捧げられるとは一体何であろうか。僕に神の代役をやれと言うことであろうか? 自由の代わりに幸福を、みんなが僕にひれ伏すように、喜んでひれ伏せと言わなければこの人たちは幸福になれないのだろうか。現代ではロックコンサートはしばしば官能と高揚のための儀式であることが期待される。一番効果的なのは会場でなるべく残虐に殺されることだ。トムはそんな役割はやりたくなかった。トムがピアノに向かうのは、一夜の興奮の刺激剤を作るためではない。
トム、うたって、トム。わたしがどうすればよいか、うたって。
トムはパラノイド・アンドロイドのための神学大系を作ることを考えた。じゃなくて単にお祭りが楽しいだけなんだろうか。というか、このお祭りが終わったら、祭られていたトムはどうなるんだろうか。神殺し、神狩りであろうか。活け作りとか、腹を割いて内臓占い。
参道を、一団と華やかで、厳かな行列が歩いてきた。先頭は軍楽隊で、ドラムとクラリオンが重々しく鳴らされた。マリアッチたちは気圧されたようにギターを弾きまくるのを止めた。甲冑姿の軍楽隊に続くのは権威ある文官たちである。地味な色の服だが、市長や判事の手袋には繊細な飾り刺繍が入っている、行列はトムの前を横切り、トムの前で止まった。若いが誰よりも敬虔で学識豊かで憂鬱に満ちたアーサー・ディムズデール牧師が立派な説教をした。人々はこの牧師を敬愛していたが、今日は何かしら不吉なものを感じた。牧師は病がひどくなり、ロジャー・チリングワース医師と一緒に住んで看病してもらっていた。
やっぱり、ディムズデール牧師は行列を抜け、トムのほうにふらふらやって来た。トムの小銭を掻き分け、晒し台によじ登り、トムの上半身を抱え起こすと混乱した様子で囁いた。「確かに私たちは罪を犯した、かつて、この関係にはどこかしら神聖なところがあるとさえ思ったとは何という罪であろうか」トムの肩を抱いて牧師は観衆に叫んだ。「みなさん! 私は」
ああ、こんな不敬なことがあるのだろうか。イワン・カラマーゾフとアリョーシャ・カラマーゾフの兄弟やおいはいかにもありそうだが、ロジャー・チリングワース医師とディムズデール牧師のやおいを書く人はいるのであろうか。
祭りは終わった。
翌朝、晒し台から降りたトムはもらった小銭を、道で出会った人に分け与えながら、どこかに歩いていった。荒野に修行に行ったという人もあれば、天国に召されたのだという人もいる。マリアナ海溝で魚たちを集め、明石の昼網にかかるよう、説得しているのだろうか。
胸に『アーティスト』マークの布を下げていたかどうかは、私は目撃していないので知らない。
ギターは持って帰ったらしいです。

2008/3/27

【top】

トムのマナ分配工場

サンティアガは、村で一番賢い少女だった。
サンティアガはロック・グッズ・マフィアのイグナシオが建てたTシャツ工場で働いていた。工場は陽光に溢れた、明るい谷の底にある。丸木の柱の合間に布を垂らし、バナナの葉で天井を葺いていた。この谷で作っているのは、ロックTシャツである。有機栽培の綿100パーセントのTシャツだ。Tシャツ工場と紡績工場の真ん中に、綿の畑があり、そこがこの谷でもっとも陽が当たる。
イグナシオはロック・グッズ・マフィアで悪人で、版権という概念をゴミのように無視した。でも敬虔なイグナシオは嘘をつくのが嫌いだった。有機栽培綿100パーセントと言って売る商品は、有機栽培綿100パーセントでなければならない。だから綿畑で働く男女はせっせと綿にトルエンとか有機溶剤を掛けた。
Tシャツ工場では結婚前の少女ばかり十五人の女工たちがロックTシャツを作っていた。三人の女の子が綿束を切り、十一人の女の子がミシンを踏み、サンティアガは工場の一番奥の、搬出口のすぐ側で待ちかまえている。サンティアガは他の女の子たちが縫ったTシャツを、大きなアイロン台に丁寧に広げる。イグナシオの弟のロドリゴが顎髭を撫でながら、サンティアガの側にやって来て、アイロン台の隅に、アイロンプリント用紙を無造作に積んでいく。ロドリゴはサンティアガに、やあ、と言うこともあるし、くだらない冗談を言うこともある。サンティアガは、はい、としか答えないことにしている。アイロンプリント用紙に左右反転して印刷されているのは、遠い国のロックスター、トムの顔写真だ。
サンティアガは、アイロンプリント用紙を注意深く取り上げ、Tシャツの肩のラインと平行になるように、黄色いTシャツにそっと載せる。サンティアガは長いコードが伸びた業務用の鉄のアイロンを持ち上げ、アイロンプリント用紙の上に置くと、体重をかけてアイロンの持ち手を一気に押した。三秒数えてアイロンを綿から離す。ムラが出来ないように。ムラが出来ると、ロック・グッズ・マフィアのイグナシオが怒鳴ったり、サンティアガの三つ編みに縛った髪を引っ張ったりしたが、もうサンティアガは手慣れていたので、失敗などほとんどしなかった。
失敗するのは、イグナシオの弟のロドリゴだ。ロドリゴは古いコンピュータの先の、電話線の先の、どこか遠くからトムの写真を取ってきて、アイロンプリント用紙に印刷するのだが、しょっちゅうプリンターのインクを取り替え忘れたり、用紙を詰まらせたりした。ロドリゴがアイロン台の隅に積んだ転写用紙には印刷の失敗したものも混じっているので、注意しなければならない。転写用紙のトムの、うつむいた顔は印刷の濃淡や掠れによって、笑っているように見えたり、背後霊がいるみたいに見えたり、色々した。
トムは、あまりセクシーには見えなかったが、いい人そうだった。
サンティアガはアイロンで、画像がTシャツのちょうど真ん中にくるように、重い鉄のアイロンを力いっぱい押す。絶対にアイロンをずらしてはいけない。左右反転したトムの顔とトムの名が、Tシャツに、正しい向きに転写された。プリント用紙を剥がす瞬間には少しどきどきした。トムは、新しいTシャツの中でいつも通り寂しげに笑っている。
こんなに顔と名前を無数のTシャツに分け与えても、写真のトムは変わらず、またトムの反転した写真の束が、ロドリゴからどっさり渡されてくるのだ。
トムの力は無尽蔵のようだった。トムは音楽家だとイグナシオは言った。村で一番ギターが巧いマリアッチより、ずっとギターがうまい。
トムの力、トムの聖なる生命力、トムのマナを求める人々のために、街からトラックがトムのTシャツを買いに来る。
トムに属する聖なる力、そのマナは、現代では才能とか天才と呼ばれる。
サンティアガは毎日トムのTシャツを五〇〇枚プリントして、既に二、三年になる。トムは、すごくすごくたくさんの、分け与えても分け与えても、尽きることがない力を持っていた。
トムは、サンティアガは作業を正確にこなしながら、トムのことを考える、彼の親戚たち、
トム・クルーズやトム・ロビンソンやトム・ヴァーレインや、トム・ゴドウィンやトーマス・ディッシュやトーマス・マンやトマス・ハーディや機関車トーマスや小屋に住んでいるアンクル・トムやトマス・モアやトマス・デ・トルケマダや聖トマス・アクィナスみたいな、
優れた親戚がたくさん出た名門の一員であるから、トムがこれだけの力を持っているのも当然かもしれない。
それとも、名前に、『富む(自分が)』とか『富ます(他の人を)』という意味があるから、だから人に与える力もたくさんあるのだろう。トムは何だか辛そうにも見えた。アイロンを持ち上げ続けた腕が痛い。
工場が終わると、サンティアガはリャマに乗って、谷をぽっくりぽっくり昇って、山の上の家に帰った。リャマにはラジオがついていた。チューナーをいじると英語の放送が入った。サンティアガは英語がわからなかったが、時々、DJが『トム・ヨーク』と言うのが聞こえ、そのあと、陰気できれいな音楽が流れるのだ。夕刻の空には金星と細い月がピカピカ光った。サンティアガは腕の痛みも忘れ、トムの歌を聴いた。トムの聖なる力がサンティアガに入ってくる。
サンティアガの働き者のお父さんだって、サンティアガの歳に自分専用の乗用リャマなんか買えなかった。これもトムの富ます力のおかげだった。
日曜学校の宣教師たちは、サンティアガに守護聖者を割り当てていた。その人はすごく遠くの国の、遙か昔の女の人で、親戚でも知り合いでもなかった。その女の人はお父さんやお母さんの言うことを聞かず、町の偉い人の言うことも聞かず、全然その町の人たちとは関係のない、トムくらい遠くにいる人のことしか信じない、と言い続けたので、焼き殺されたのだ。サンティアガはその女の人のことを馬鹿じゃないのかと思っていた。トムが好きなら、頭の中でだけトムが好きだと思っていて、誰にも言わなければいいのだ。
ラヴェンダー色の夕空の下、山の中腹の平原に、大きな白い岩がそびえている。ここで、サンティアガの曾お祖父さんが、雷雨の中リャマの群れを追いかけてとても疲れて休んでいたら、神様の子である聖なる方が現れて、「お疲れ様」と言ってくれたのだ。サンティアガはリャマを止めた。ワンピースを捲り、いつも着込んだトムのTシャツを見る。イグナシオの工場から一枚だけ、トムが一番かっこよく見えるTシャツ(サイズは子供用)をこっそり盗んだのだ。日曜学校で貰った守護聖女のペンダントの鎖が、捲り上げたワンピースに絡まって邪魔くさい。岩の前に跪き、サンティアガはトムのTシャツにお祈りした。私やみんなが困った時に助けてください。

サンティアガは十七歳になって、隣の村に嫁に行った。サンティアガは新しい夫より、トムのほうが好きだった。でもそれは黙っていればいいことだった。
トムのTシャツ工場では、Tシャツを縫いトムの肖像をアイロンプリントする係は、清らかな処女でなければならないと決まっていたので、サンティアガは結婚すると、有機栽培・綿の栽培係になった。サンティアガの後任のアイロンプリント係は、とろいバカ女のファナ・ベロニカで、ファナ・ベロニカはぼーっとしてしょっちゅうトムの肖像を焦がした。ファナはロドリゴに頼んで、コンピュータの先の外国(トムの国かもしれない)から、けばけばしいサテンの、レースや偽宝石のたっぷりついた際どい下着を通信販売で買っては、女工たちに自慢した。クレジットカードはイグナシオのを勝手に使っていたから、ばれたら殺されるだろう。彼女は生娘ではないのだ。ファナ・ベロニカがぼーっとしているのは淫らなことを考えているからだと少女たちは知っていた。これではTシャツに移したトムの聖なる力は半減してしまう。でもトムのTシャツはますます売れた。
くだらないやつは死んでしまえ。
綿の有機栽培係になったサンティアガは、綿に有機溶剤を掛け続けた。アセトンとか吸っていると毎日気持ちが悪くなった。リャマの付属ラジオは壊れ、トムの歌は聞こえなくなった。サンティアガは三人子供を産んだが、みんなすぐに死んでしまった。トムの生命力が、サンティアガの夫に嫉妬し、サンティアガの子供をみんな殺してしまったのだ。
夕刻になり、アセトンの染みついた谷底の畑からリャマで帰る。坂を登りながらうたた寝したサンティアガはリャマから落ち、リャマは逃げていった。山の中腹の、大きな白い岩にトムが現れ、じっと立っていた。トムTシャツに転写したトムの肖像は、トムを映したコピーのコピーのコピーのコピーで、時々、GIF画像からJPEGにしたり、画質を落としたりしたので、山の岩に顕現したトムはうすぼんやりした影だった。何となく聖性の欠片が残っていた。トムの頭上には、小鳥や雀が飛び交い、足下には野百合が咲き誇った。トムの亡霊は悲しそうにサンティアガの側に立った。トムはサンティアガに「お疲れ様」と言った。
イグナシオの工場では、ファナ・ベロニカの薄らバカがアイロンをつけっぱなしにして帰ったので、加熱したアイロンからTシャツに火がついた。倉庫には有機溶剤が大量に保管してあったので、その燃え方は尋常ではなかった。出荷間際のトムのTシャツがバラバラと宙に舞った。トムTシャツの破片は、サンティアガとトムの亡霊のいる大きな岩のところまで飛んできた。
トム、工場が燃えています。あなたのマナで何とかしてください。とサンティアガはトムに祈った。雷鳴がとどろき、稲妻とともに、天からフェンダーのギターとピックが落ちてきた。サンティアガはギターの弾き方など知らない。
トム、私はギターが弾けません。
トムは言った。サンティアガ、お疲れ様、お疲れ様。
もしかして、と思ってサンティアガはギターの弦を押さえた。六年間着続けたトムTシャツから染みこんだトムのマナ(音楽の才能)のおかげで、サンティアガはギターが大変上手に弾けるようになっていたのである。
Anyone can play the guitar.
しかし、ギターの妙なる演奏に感じて天が雨を降らすとか、そういう良いことは何もなくてイグナシオの工場は燃え尽きた。
本物のトムが、地球の反対側で起きたこの事件を知り、打ちのめされるかもしれない、ニュースになればだが。でもこれはトムのせいじゃないと思うよ、と、超絶ギターテクニックを駆使しながらサンティアガは思った。

サンティアガの本当の名前は安芸子という。

2008/5/12

【top】

『行け! トムロボット』頑張れトムロボット

=この話におけるトム・ヨークとは=
孤高のロックミュージシャン。人が良い。実在の人物・団体とは無関係。=

昭和四十二年、カラーテレビが普及しかけていた日本国で、新しい特撮ヒーロー番組が始まった。それはトム型のロボットが勇気ある少年に操縦され、宇宙から来た悪の怪獣を倒す話である。ロボットを作った科学者・未来田(みきた)博士の息子、ジュンペイ少年がリモコンでロボットに指令を出すのだ。命令はジュンペイ少年のエレキギター弾き語りによって成された。ジュンペイ少年がAメジャーのコードを押さえながら『右に飛べトム!』と叫ぶと、その音声はマイクからアンプを通り、空中にスピーカーが出現し、トムロボットは右に曲がった。マイナーコードだったらほんの少しだけ右である。
頑張れジュンペイ少年。頑張れトムロボット。
この番組は繰り返し全世界で再放送され、子供たちを熱狂させるであろう。
昭和四十二年(1967年)ってトム生まれてないんじゃないのとか、そういう、くだらないことを訊くな。どうせ出鱈目なんだから。トムは元は単なる人間でせいぜいカリスマというぐらいだったが、植民惑星で二万三〇〇〇年暮らすうちに時空を超越し始めたタイムロードである。
しかし横柄ではなく謙虚な人柄だったのでみんなに愛された。

映像プロダクションの着ぐるみ製造スタッフがトムのところに来て着ぐるみにさせてください。と頼んだ。トムは型を取られるのだろうかと思ったが、まあ子供たちの楽しみのためにそれくらい我慢しようと思った。この番組はトムが子供のころにBBCで再放送され、人間だったころのトムも見た。
映像プロダクションのスタッフは言った。「予算が不足です。予算はみんな怪獣と爆破されるジオラマにつぎこみました。みんな正義のロボットなんかより怪獣とか町の破壊とかが見たいんです」
なので彼らは、トムの背をあたかも着ぐるみのチャックがあるように縦にまっすぐに、良く切れる包丁ですっと切って、それからトムの外皮をくるりと剥こうとした。「ちょっと待ってください」トムはスタッフに提案した。
「僕がそのまま出演してトムロボットを演じるのでは駄目ですか」
「あなたではアクションがいただけませんな」
スタッフはトムの外皮を持っていって、着ぐるみ役者さんに着せた。
番組はトムの知らないところで始まった。未来田ジュンペイ少年はelectric guitarでトムロボットに命令して異端巡察士怪獣ホーヤンとかと戦った。トムロボットは頭に内蔵されたラジオ電波が主要な武器だった。トムロボットは異端巡察士怪獣ホーヤンの巨大な三角帽子を、巨大な三角帽子に書かれた巨大一つ眼に電波波動砲を浴びせた。ホーヤンは宇宙中の異端音楽を排斥するために地球に来たのである。異端音楽とはすなわちロックである。そのころ、ビートルズやストーンズが地球では流行っていた。ホーヤンはすべてのロック音楽に「星一つ」★とかつけて評価していった。★が五つあれば満点だが、★一つはくだらないゴミ音楽だから死んでしまえということだった。グスタフ・マーラーが★★☆で地球で最高評価だった。演奏していた楽団員は下手くそだったから異次元強制収容所に送られた。ベートーベンは★☆だったので死から蘇らされて永遠に太陽系を回らされながら第九を歌わざるを得なかった。何でこんな目に遭うのだろうとベートーベンは思った。
メキシコではマリアッチ狩りが行われた。演歌歌手大量殺戮も起きた。ジャニス・ジョプリンとかジミ・ヘンドリックスとか、ブライアン・ジョーンズといった、"J"がつくロックスターが二十七歳で死んだという伝説は、実は、この異端巡察士怪獣ホーヤンが評価を下して異次元強制収容所に追い込んだ事実を後世のファンたちが誤認したものである。ジャニスもジミヘンもマーク・ボランも実は今でも異次元強制収容所で元気にやっている。そこはある意味でパラダイスではあった。駄目ミュージシャンの烙印を押された者たちがいっせいに合唱していた。ドラッグは溢れるほどあったし、みんなでインプロビゼーションのセッションも出来た。困ったことは聴衆がいないのである。彼らは交互にお互いの演奏を聴いて切磋琢磨した。が、やがて「おまえは才能がない」と罵り合い、一番ぼうっとしていたシド・ヴィシャスが真っ先に袋だたきにあった。

最終回の第42話で、科学者の未来田(みきた)博士が作ったトムロボットはロボットではなく幻覚剤であったことが判明するのだが、異端巡察士怪獣ホーヤンの回はまだ1クールすなわち13回終わっていない最中の回である。
「頑張れトムロボット!」
未来田ジュンペイ少年がギターを弾いてトムロボットに命じている。トムロボットは勝手に頑張って、しかし巨大ロボットなのでのろのろとした動きで、異端巡察士怪獣ホーヤンを羽交い締めにしていた。ホーヤンが三角帽子の一つ眼から評価光線を出し、世界各地の民族舞踏とか民俗音楽を評価していった。★一つ以上取れる民俗音楽はほとんどなかった。田植え歌は評価されるためにあるわけではなかろうが、田植え歌を歌っていた早乙女たちは異次元強制収容所に送り込まれ、黒く深い森の中にそびえ立つお城の大広間で踊り狂う盆踊りに返ってきた先祖たちもまた異次元強制収容所に送られた。

本物のトムはプレハブ小屋に畳を敷いた上にいた。炬燵に入り、緑茶をすすりながら新品のピカピカのカラーテレビを眺めていた。テレビの上には神棚があって、商売繁盛と書かれた札と招き猫が置かれている。のどかで静かな夕暮れだった。原っぱで遊んでいた子供たちは『行け! トムロボット』を見るためにみんな家に帰ったか、友達の家に上がり込んでテレビを見ている。
お母さんが夕飯の味噌汁のために、大根を切る音が聞こえる。
雑種の犬のナナちゃんが、縁側の外、物干し台に繋がれ、いつものように残飯の味噌汁ぶっかけごはんを食べていた。ナナちゃんは食べ終えて、きゅーんきゅーんと鳴いている。トムが食べたいのかな。犬と生まれたからには肉が食べたいじゃないか。お茶をすすると、外皮を剥がされたトムの唇から血や筋肉の欠片が湯飲みに附いた。
外皮を剥がされたトムは撮影所のゲートの外の溝に落ちていたのだが、
親切な中年男性が自分が経営している小さな会社の社屋……プレハブ小屋に連れてきて、炬燵に入れてくれたのである。炬燵の上には蜜柑と『サザエさん』と『意地悪ばあさん』の単行本があった。そして『意地悪ばあさん』を開こうとすると、こぼれた水飴でべっとりとページどうしが貼りついているのである。『丸出ダメ夫』もあった。せっかく日本にいるのだから村上春樹が読みたかったが、まだ彼はデビューしていない。三島由紀夫が剣道着で週刊誌のグラビアに出ている。ああこの人は三年後に切腹するのか。今から説得して止められないだろうか。とトムは考える。いやそれより、まだ1967年なら、人類に色々警告することが出来るではないか。これから人類を襲う環境汚染や争いや災害を警告し、止めることが自分がこの時代に送られた使命ではないだろうか。だがテレビに出ている自分型のトムロボットはそのへんの子供に命令され、存在しない怪獣と戦っているだけだ。トムはテレビを見ながら焦燥した。

「秘密兵器をだせ! トムロボット!」ジュンペイ少年がギターを弾きながら命令した。トムロボットは無表情に、ロボットのくせに無精髭を生やしている、歌を歌い、ホーヤンの三角帽子の真ん中についている一つ眼に浴びせたが眼は、歌をはじき返し、虹色に光る波動はトムロボットにそのまま返ってきた。テレビの中でトムロボットがよろけた。ジュンペイ少年のギターの弦が切れた。「負けるなトムロボット!」

炬燵の部屋に、トムを拾った中年男性が入ってきた。貧相な背広を着た小柄な日本人である。
「どうしてこんなに親切にしてくれるのですか」と、
トムは、拾ってくれた親切な山田さんに訊いた。
山田さんは、テレビの特撮ヒーロー番組『行け! トムロボット』のファンなのだと言った。「いいですねえ、子供っぽい願いですけれど、私もこんなロボットが一家に一台あればいいと思うんですよ。次の三種の神器は、自家用車、電気卓上計算機、ロボットですねえ」
トムは外皮を剥かれているので喋りづらいが、誠実に答えた。「しかし物を所有することが必ずしも豊かさにつながるわけではありません。豊かさにも種類があります。しばらくすると、新聞の投書欄には『私たちは、豊かさを求める余り、何か大切なことを忘れているのではないでしょうか』という投稿がひんぱんに載るようになります」
「『何か大切なこと』とはもちろんトムロボットのような便利で忠実な機械を誰もが買えることですよ! そう、それこそ豊かさですよ!」山田さんは満面に笑みをたたえて確信に満ちた声で言って、ぽんと手を打ち鳴らした。
この時代には、まだ日本ではスピリチュアルは全然流行っていないのだった。そんなものは科学と発展の人類の進歩と調和の未来に不必要なのだ。科学に音楽は必要だろうか? 宇宙旅行に音楽は必要だろうか? 食料生産に音楽が必要だろうか? 文化的生活に芸術文化はあったほうが格好がつくけれど、格好がつくだけじゃないか? 
音楽は作業用BGMに軽快な行進曲かなんかが一曲あれば、それで充分じゃないか。
異端巡察士怪獣ホーヤンのやっていることは正しいのかも知れない。外皮を剥がれたトムは気弱だった。『人のためになるか』否かを基準にして考えている。電気炬燵の赤外線で太股の辺りの肉が溶け始めている。テレビはコマーシャルになった。楽しげに宣伝歌が流れる。
♪一家に一台トムートムロボーットーー 
掃除機を持ったトムロボットが茶の間で子供や割烹着のお母さんと踊っている。山田さん本人がテレビに出てきて『「行け! トムロボット」は山田ロボット製作所の提供です』と言った。
テレビを見ながらトムは驚いて傍らの山田さんに訊いた。「このプレハブ小屋はロボット製作所だったのですか」
「いや、テレビのあれは特撮の着ぐるみです。あんなロボットっぽい動きは本物のトムには難しいでしょう。ナナちゃんおいで」
山田さんは犬のナナちゃんを呼んで、トムの右腕の肉をつまんで、むしり取って投げた。ナナちゃんは喜んで食べた。山田さんは言った。「私が作ったロボットは実はあのナナちゃんです。ナナちゃんは高機能なアンドロイド犬なんです」
「昭和四十二年にアンドロイドは無理じゃないですか」とトムは言った。「平成二十年にも」と言おうとしてトムは口ごもった。未来の元号をこの時代の人に教えてはいけない。「ええと二十一世紀の最初のころにもアンドロイドはいませんよ」
山田さんはトムの言葉を無視して続けた。「ナナちゃんは、口腔内に入った哺乳類の遺伝子をコピーして、胎児にまで育てて出産します。ナナちゃん自身もたくさんコピーさせましたからナナちゃんアンドロイドを近所の人たちに売って、そしてトム、あなたの肉をやってコピー胎児をナナちゃんの体内で育てさせましょう。私一人では、ナナちゃん一頭の世話で手一杯ですし、その上、トムロボットまで育てるのはまったく不可能ですからね」
どうして誰も僕を人間扱いしないのだろうとトムは思った。それはトムがカリスマミュージシャンで、それも異次元強制収容所の駄目ミュージシャン隔離所に送られないほど優れたミュージシャンだったからだ。慎ましい人は、自分が神の如く崇拝する人間を、自分と同種の人類だなどという思い上がった無礼なことは考えないものである。
山田さんの本領はセールスだ。アンドロイド犬ナナちゃんを訪問販売するのだ。近所の人々に、可愛い犬のナナちゃんを高額で売り、さらにナナちゃんの腹にトムを入れてトムを増やすのだった。飼い主には最初に生まれた仔トムロボットを自家用にする権利がある。それ以上生まれたら、仔トムは山田ロボット製作所が三万円で引き取る契約であった。そんな儲け方法のおまけもあり、何よりみんな可愛いナナちゃんと忠実なトムロボットが欲しかったので、ナナちゃんは高額にもかかわらずどんどん売れた。妊娠中のナナちゃんには、毎日ロック音楽を聴かせなければならない。だから山田さんは、トムの繁殖家たちに輸入レコードも売りつけた。ストロベリー・フィールズ・フォーエバーが延々と近所で流れていてすごく鬱陶しかった。トムは炬燵に入って蜜柑を食べながらどんどん電気炬燵の赤外線で溶けていった。年が暮れるころには炬燵布団にトムの染みだけが残った。
仔トムたちは『行け! トムロボット』の再放送を見ながら育つだろう。なんかそれらはロボットじゃないような気もするのだが。
2008/10/13

★トム以外の小話はこちらのブログでhttp://trash.masejunko.net/

【top】


小話・雑文・他
home