この現実はウソだ!ったらいいのに-『マトリックス』と『ヴァート』


願望充足映画『マトリックス』

珍しくメジャー映画の話題です。『マトリックス』、今頃やっと見ました。
遅刻会社員キアヌ・リーブスが、実は今存在している現実は、コンピュータ集合体の「マトリックス」によって作り出された仮想現実だと言うことを知る。そしてどうやら彼はマトリックスから人類を救い出す救世主らしい……という話ですよね。この映画に関しては、ハンドルネーム/ウルトラ君がうまいことを言っていたので、ちょっとソレを引用します。「こんな現実は実はウソで、ホントの自分はヒーローだ、という全世界の先進国のボンクラ人間の夢を叶える映画」
まさしくその通りでした。映画見て、ちょっとびっくり。だってコレ、古くからあるファンタジー系願望充足物語(高千穂遙とかさー。平凡な主人公が異世界に行き、そこでヒーローになる)そのまんまじゃないか!
違うのは、実は「現実」と思われていたものが仮想現実だ、という点と、映像がカッコイイ、くらいじゃねーかよー。

現実をひっくり返せ!

異世界に行く話と、マトリックスの差はやはり、「現実」を否定するところでしょうねえ。フツーの異世界でヒーローになる願望充足物語は、日常というものが確固としてあり、そこから抜けでてしまうっつーのが王道。
でも、マトリックスは、その日常、現実自体をウソだと言い切る!!! 映画内の現実……実は今は22世紀かそこらで、自分たちはマトリックスと戦うレジスタンス組織である……の方が、遅刻会社員で、日常生活をだらだら送るより、ずっと楽しそうじゃないか。美女もいるし、スリリングだし、もしかしたら自分は救世主かもしれない! でも、物語は、マトリックスに支配された映画内の現実のほうが悲惨だと言っている。なんか恥知らずな気がした……。
あんまりなので、もう1段くらいオチがあるのかと思ってしまいました。実は、敵方のエージェントが医者で、キアヌ・リーブスは精神病院にいる、とか。安易でヤなオチだな。

逃避のための仮想現実

小説になるけど、ハヤカワSF文庫の『ヴァート』(ジェフ・ヌーン作)は面白い。これは、ドラッグ代わりの羽『ヴァート』を喉につっこむと、仮想現実に行ける、という設定です。ヴァートには様々な種類があり、のどかで暖かな世界に行ける「羽」から、禁断の世界に飛び込む「羽」まで様々。
主人公たちは、不良少年っつーかダメ人間のグループで、ヴァートびたりの日々を送ってます。この作品の方が、マトリックスより誠実?だと思うのは、主人公たちが、自分たちは「この現実」がキライで、逃避のためにヴァートを使っている、ということをちゃんと知っていること。
最後に、物語の語り手は、仮想現実のヴァート世界に行ったきりになるのだけれど、彼はそれが自分の選択だということをわかっている。そんな彼は決してヒーローでも救世主でもない。ただのダメ人間なんだよ。そーいう人、私、好きだけどね。

フィクション漬け

仮想現実、というと凄そうだけど、今の世の中、凝ったゲームはあるは、映画も山のようにあるは、で、ある意味では仮想現実に取り囲まれている。小説もマンガも、仮想現実といえば、仮想現実ですよね。(SF作家J・G・バラードは、今の世の中はフィクションまみれなので、むしろ、現実を描くことこそが作家の仕事だ、なんてことまで言ってる)
華やかで、自分がヒーロー/ヒロインになれる願望充足仮想現実物語もちまたに溢れている。それにくらべて、日常生活はつーまーらーなーい。
いやhappyな方もたくさんいらっしゃるんでしょうけど、つまらない、と思う人は多いはずです。
そんな世界でどうやって生きていけばいいんだろう。仮想現実まみれになる(オタクになるってことか?)、というのも一つの方法だろうなあ。中でも、作品中で「この現実自体」がウソだと言い切るマトリックスは確かにある意味凄い。……なんかマトリックスは実は本当のことなんだよ、ってウワサまであるんだそうな。そのウワサがウソでもホントでも、「この現実」は存在してる。
……残念。
18/jun/2000


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