天使が救済してくれるらしい-『サンタ・サングレ』と『シェスタ』


聖なる血-母と息子の地獄編

アレッサンドロ・ホドロフスキー監督の映画『サンタ・サングレ/聖なる血』の話です。……何故、この映画を取り上げるかというと、最近ヴィデオで見直したから。それだけです。

腕を切られた母親の『両腕』となって、『二人羽織り状態』で殺人を犯してしまう主人公の、贖罪までの道のりを描いた作品。
極彩色の、すげー濃い映画です。登場するもののキーワードは、南米、サーカス、異端の教会、精神病院、娼婦大量殺人etc.!
拒絶反応を示す方もいらっしゃると思います。でも泣ける。

主人公はサーカス出身。両親もサーカスの人。
母親は、マッチョな亭主に踏みにじられ、信じる教会(『強姦されて腕を切られた少女』が信仰の対象)を、マトモな教会のマトモな神父に破壊された人。当然世の中恨みまくり、気の毒で気が狂っている。……そういう、お母さんに支配された主人公は、成人するとやはりin the 精神病院。のち脱走。
その後、主人公は、母親の命じるまま、母親の恨みを晴らすが如く、殺人重ねまくり状態を続け、魂は地獄で錯乱状態。

少女なら黙って与えてくれる

でも最後に主人公は、サーカスの幼馴染みの、口のきけない少女に再会し、別の視点を与えられ、正気に返るというか、救済されます。解放された彼のまわりから、子供時代の様々な象徴が消えていくところが、ものすごく切ないっす。
公開時の映画館で、男の人が仁王立ちで泣いていた、という目撃談を聞いたんですが、確かに男は泣くよなー。あんなに極端でなくても、似たような状況で育った男性はたくさんいるでしょう。
私は、ラストで、主人公が、何も語らない少女に救済されるのを見て、少々複雑な気分になりました。じゃあ、気の狂った母親とか、喋れない少女とかを誰かが救済してくれる話は成立するのか? みたいな……。

シェスタ-昼寝女の情念

で、ありました。メリー・ランバート監督の『シェスタ』(1988年)がそうかもしれません。
舞台はマチズムの強いラテン地帯、主人公がサーカス出身なところなども似てるかも。
サーカスのアクションスターだったヒロイン(エレン・バーキン)は情念の人です。売名行為のため、パラシュート無しで火山の火口に飛び降りようとするなど、危険と名声に飢えている。
激愛!の男(ガブリエル・バーン)を追っかけてスペインに行くんだけど、男は結婚していて、つれなく、恋愛不可。ヒロインの情念は空しく燃えたぎるだけなのだった。
おまけに記憶喪失で、どうやら彼の奥さん殺しちゃったらしい? で、色々サスペンスが入るんだけど、まあそれはネタバレになるので、書かないでおきますね。
この主人公を救済へと案内してくれるのが、ジュリアン・サンズ演ずるバカ芸術家、実は『天使』(と思われる)の青年。
異性なんだけど、マッチョじゃなく、別の世界の住人なわけです。激愛の相手の服装が黒ずくめなのに対し、天使?なバカ芸術家が白ずくめ、というのも、映画ならではのわかりやすい表現なんでしょうか。
(しかし結局、ヒロイン救われないんだよね……)

救済のはずが

サンタ・サングレでも、シェスタでも、救済してくれる相手が異性でありつつも、『社会的に認知された性的な対象』(←うまい表現がみつかりません)、ではないというところがポイントなのでしょうか。
でも、ジュリアン・サンズはクローネンバークに『あまりの美貌に堕天使』呼ばわりされるような人で、観客の一部や作者?にとっては、露骨に性的憧れだったり、監禁されたかったり(『ボクシング・ヘレナ』!)するわけです。
『無垢な少女に救済される男の話』でも、いつの間にか救済がsexual healing--♪に変質し、ロリコンになっていくのか? 新潟女性監禁事件などを思い出しました。あああ。

それにしても。映画でしか、天使来ないよなー。一体どうすればいいんだ?
15/mar/2000


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